その6
「あんたの言う通り、この街も昔はこんなじゃなかったんじゃ。華やかな都じゃった」
話し始めた老婆からは、それまでのふてぶてしさは鳴りをひそめ、もの悲しい雰囲気さえ醸し出していた。
〈トランカータニア〉に転移する前の〈スラーヴァ〉は寒冷な地ではあったが、今のように雪と氷に閉ざされた国ではなく、また極夜の国でもなかった。
周囲には並び立つ国のない超大国で、広大な領土だけでなく、その周辺には数多くの衛星国を携えていた大帝国だった。
その中心となるこの帝都は政治だけでなく、経済的、文化的な中心地でもあり、『白の都』と呼ばれてこの世の春を謳歌していた。
「今から思い返してみれば、あれが始まりだったのかもしれん」
と老婆が述懐するのは一〇年ほど前のある晩。帝都全体が大きく揺れたのだ。
その日から朝は来なくなった。夏でも寒さは和らがず、雪と氷に閉ざされた。そしてあれほど大きかった帝国の領土は帝都周辺を残して全て消滅していた。
帝都のみが〈トランカータニア〉に転移していたのだ。
領土の大半を失い、寒さと飢えで人々の不満が高まっていく中、旧来の帝室は無力だった。何の対策も打てず、国は荒れ、若者は国を捨てた。
荒れる一方の〈スラーヴァ〉。無策の帝室。
その時、一人の美女が折良く現れた。彼女は自らを魔術師と称した。
「女の魔術師……?」
「そうじゃ。この世界に来る前の〈スラーヴァ〉には魔法などおとぎ話の中にしか存在しなかった。じゃから重臣たちは女のことを笑い飛ばし、追い出そうとした。じゃが、ひとりだけその存在を信じる者がおったのじゃ。そのひとりが問題じゃった」
そこからの転落は一瞬だった。
そのひとり、皇帝パーヴェル四世は魔術師に言われるがまま、敵対勢力を追放し、あるいは処刑し、やがて城から人の姿が消えた。
その影響はすぐに城下町にも伝播し、荒れていた街は崩壊していった。残されたのは街を脱出する術をもたない老人のみだった。
「わしのたったひとりの息子もどうしているのか、生きているのかさえわからん」
さらに皇帝は周辺の世界に対して侵略を始めた。
侵略を行うのは温暖であったり、資源の多く獲れたりする世界ばかりだった。そこからパーヴェル四世が何を狙っていたのかがわかる。
しかし、〈トランカータニア〉のことわりにより、侵略した世界の『属性』は、侵略元の世界の属性に上書きされてしまうのだ。どんなに暖かく、資源の多い世界であっても、〈スラーヴァ〉に侵略された時点でその世界も雪と氷に覆われてしまう。
一〇年の時が経ち、領土はかつての大帝国に匹敵するほど広大になったが、ただただ雪と氷と宵闇に覆われた常夜の大地が増えるのみだった。
「もう、この都に――いや、この世界に未来はないんじゃよ」
そう言う老婆が見つめる先に置いてある飲みかけのスープはすっかり冷め切っていた。




