その5
探した限り周辺で唯一のこの宿屋は老婆が一人で経営しており、また客が来ること自体に驚いていた様子では、食事が供給されるなど望むべくもなかった。
なのでアサヒはあらかじめ、この宿を経営する老婆と交渉して厨房を使う許可をもらっていた。
「それがどうして、こうなってるわけ?」
かつては多くの旅人をもてなしたであろう食堂の一角に残されたテーブルには、アサヒが作った三人分の食事が置かれていた。
リアは、自ら一口大に切ったハンバーグを口の中に放り込む老婆をじろりと睨んだ。見覚えがある。宿をとるときに応対した、この店の店主だ。
「どうしたのか? 食わんのかえ?」
言いながらハンバーグを次々口の中に入れていく。なかなかの健啖家ぶりである。
「うまい! この肉団子、うまいのお! こんなうまい肉は初めてじゃ!」
「あはは、そりゃどうも……」
ハンバーグを食べながら一人分に取り分けた野菜サラダをもりもりと食べ、この地域の名物でもあるという固いパンをスープに浸して口に入れる。
そんな老婆を横目に、リアがアサヒの脇腹を突っついて耳元に話しかけた。
「ちょっと、どういうことなの?」
「いや、厨房を使わせて欲しいって言ったら、使わせてもいいけど自分の分も食事を用意してくれって」
「はぁ? なにそれ? 何で客が店主に食事を用意しないといけないの? 普通逆でしょ?」
「火も調理場も貸し出してやっとるんじゃ。このパンも野菜もじゃ。その対価と思えば安いモンじゃろ」
老婆は二個目のハンバーグを切りながらリアをじろりと見た。
「何言ってんのよ! その肉はあたし達が持ち込んだ肉じゃないの! 赤字よ、赤字!」
「わしはメシを食わせろとは言ったが、肉まで出せとは言っとらんぞ?」
「あーもう! ああいえばこういう!」
リアのイライラが手に取るようにわかり、アサヒの心配が止まらない。
が――そこでリアは何か思いついたようだ。全身鎧を着ているが、リアの考えていることは結構わかりやすい。
「あんた今、対価って言ったわね?」
「言ったが、それがなんじゃ?」
「肉は期待してなかったのに出た、それでいいわね?」
「そうじゃな。久々に美味い肉が食えてラッキーじゃ」
「なら、肉の対価を払いなさい」
今までぱくぱく食べていた老婆の手が止まった。
「なんじゃと? カネならないぞ」
ふてぶてしくリアを見る老婆だが、リアは全く動じることはなかった。
「そんなことわかってるわよ。この宿の状況を見ればね」
この食堂を見てもわかる。ホコリが被ったままの床や壊れて修繕が間に合っていない壁など、とてもまともに経営しているようには見えない。
「余計なお世話じゃ」
それは老婆の側も認識しているらしく、そう言い捨てた。
「ではおんしは何をわしに要求すると言うんじゃ?」
「情報よ。肉の対価に情報を寄越しなさい」
「情報じゃと? わしは何も知らんぞ」
「あんたの知ってることだけ話せばいいわ。価値の有無はあたしが決める。どう?」
そう訊かれて老婆は止まっていた食事の手を再開した。
「ええじゃろう。で、何を話せばよいのじゃ?」
「この街のことよ。昔からこんな、半分死んだような街じゃないんでしょ?」
気がつけば老婆の皿は空になっていた。注がれているお茶を飲み干すと、おんぼろの服の袖で口元を拭いて二人の方を見た。
「…………約束じゃからの。話そうか」




