その2
「あそこに見える世界樹、実は〈トランカータニア〉のどこからでも見ることができるのよ」
世界樹ユグドラシルはこの世界群〈トランカータニア〉の中心である。〈ジルシー教会〉や〈スラーヴァ〉などの各世界は『偉大なる存在』であるユグドラシルの強大な力によって引き寄せられ、世界群を構成している。
今、アサヒは元の世界に戻るため、リアも彼女自身の理由のために世界樹を目指している。その世界樹は歩けど歩けど近づかないからアサヒは焦っているのだ。
「世界のどこからでも? そりゃすごいね」
アサヒが暮らしていた〈東京〉では、高所からならほとんどどこからでも富士山が見ることができる。そんなようなものかと思っていた。
だが実情は異なる。
「大きいから見えてるわけじゃないのよ。いや、大きいのは本当なんだけど」
言って、腰に佩いている剣を鞘ごと取り外した。そのまま雪原に線を引く。大きく弧を描いた線だ。
「世界は丸いのは知ってるかしら?」
リアの問いにアサヒは頷いた。リアは満足そうに「よかった。そこが理解できないと大変なところだったわ」と満足した。
リアは雪の上の弧にさらに図を書き足していく。一方の端に木を模した図案を、もう片方の端に二人分の人を模した図案を。
人の図からまっすぐ線を引いていく。線はある点から弧を離れていき、更に伸ばしていっても木の図にはぶつからない。
「本来ならばこうなっているはずなのよ。地平線の向こうにあるものは見ることはできない。でも世界のどこからでも見ることができる。どうしてだと思う?」
「どうしてって……大きいからじゃないとすると……何でだろう?」
いくら頭を捻って考えてもわからないので、思いついた考えをそりゃ違うだろうと思いつつも言ってみることにした。
「存在感が大きいから? 違うか」
しかし、リアの反応はアサヒの予想外であった。
「当たらずとも遠からずってところかしらね」
「ええっ!?」
「ここから先はあたしの推察なんだけどね」
と前置きしてから話し始めた。
「ユグドラシルの持つ力は桁外れよ。今〈トランカータニア〉には二〇〇を超える世界が存在すると言われていて、今もその数は増えているの。でもその全ての力をあわせてもユグドラシルには到底敵わない」
「圧倒的なんだね」
「そう。圧倒的。それほどの力をもってして、この世界群の安定を維持しているというわけ」
世界をまたいでも重力や空気の組成が変わらないのは世界樹がこれらを管理しているということは以前に聞いた。
「それらの『基本ルール』のひとつ――というよりも余波なんじゃないかと考えられているわ」
「余波?」
「そう、余波。強すぎる力が溢れ出して幻を見せていると言い換えてもいいわ」
「ま、幻ぃ?」
つまり、今見えている世界樹も〈ジルシー教会〉の厨房で見た世界樹も世界樹が見せている幻で、本物はまだ地平線の向こうだということか?
「そ、それじゃ……本物の世界樹は……」
「まだはるか先……じゃないかしらね。その証拠にあたしは世界樹を目指して一年、旅をしているわ」
目の前が真っ暗になった。すぐに〈東京〉に戻れるかと思ったのに、実は〈東京〉は地球の裏側にあるとでも言われたようなものだ。
「そんな……。僕は、どうすれば……」
「ま、今まで通り世界樹目指して歩き続けるしかないわね」
「歩き続けるって、どれくらい?」
その問いにリアは「さあ」と答えた。頻繁に新しい世界がやってきて世界の接続が変わるこの〈トランカータニア〉に正確な地図など存在しない。
「でも、目指す方角はわかっているわ。迷いようがないから、歩けばいつかはたどり着く」
「それはそうなんだけど……」
前向きなことを言うリアだったが、アサヒにそれに気づく余裕はなかった。
「ああ……今月の締め切りは絶望的だ……。久我山さんになんて言えばいいんだ……」
「異世界に転移しましたって言えばいいんじゃないの? 正直にね」
「そうだね、そうするよ」
皮肉交じりにそう答えるのが精一杯だった。
その後も休み休み歩き続けると、やがて遠方に明かりが見えるようになってきた。
「街だ!」
目指す世界樹がまだまだ先だと知ってからずっと塞ぎ込んでいたアサヒが久しぶりに明るい声を出してかけ出した。
「街だよ、リア! 早く行こう!」
そんな風にはしゃぐものだからリアもつい嬉しくなってしまう。
「はいはい、急ぐわよ」
小走りにアサヒを追いかけるリア。二人はそのまま街へと吸い込まれていった。




