その1
結局、吹雪は翌日――ずっと夜なので正確に翌日かどうかは不明だが――には嘘のようにおさまり、〈スラーヴァ〉に足を踏み入れた日のような満天の星空を見せてくれた。
一度偶然エクリプスの剣を受けてしまったアサヒはその後エクリプスのしつこい誘いに勝てず、何度か彼女と手合わせを繰り返したが、あの時のように剣筋がゆっくり見えるようなことが起きることはなかった。
とはいえ、エクリプスはアサヒに剣術の才能を見いだしたようで、「毎日鍛錬すれば必ず一流の剣士になれる」と、手合わせに使った予備の剣――ワキザシというらしい――をプレゼントしてくれた。
そして雪が止むやいなや彼女は待ちかねたとばかりに洞窟を飛び出し、そのまま戻ってこなかった。リアは「世界一の剣豪になりに行ったんでしょ」と皮肉交じりに評していた。
二人はそれから出立の準備を始めて、数時間後に四日間滞在した洞窟をあとにした。
歩けど歩けど目の前に広がる一面の雪原と星でいっぱいの夜空は変わらない。振り返っても自分たちの付けた足跡が残るのみで、これがなければどちらに進んでいるのかわからなくなりそうだ。遠方にうっすらと見える世界樹のみが正しい方向へ進んでいると教えてくれる。
吹雪の時は風の音で自分の声すらかき消されてしまいそうなほどだったのに、今は雪を踏む音だけが聞こえる。
「ねえ、リア」
「なに?」
足音だけが続く無音状態に耐えきれず、アサヒはリアに話しかけた。リアは足を止めることなく返事をした。
「世界樹に行くんだよね?」
「ええ、そうよ」
「歩いても歩いても世界樹にたどり着かないんですけど!」
アサヒは前方を見た。そこには、変わらず無数の星々を背景に黒く浮かび上がる巨大な樹木の影があった。
それは〈ジルシー教会〉の厨房で見た世界樹とほとんど――いや、全くと言っていいほど同じ大きさだった。〈ジルシー教会〉を旅立ってからもう何日も歩いているというのに!
「あ、そうか。言ってなかったわね」
リアは立ち止まり、アサヒの方を見た。アサヒも立ち止まってリアの方を見る。
「あそこに見える世界樹、実は〈トランカータニア〉のどこからでも見ることができるのよ」
世界樹ユグドラシルはこの世界群〈トランカータニア〉の中心である。〈ジルシー教会〉や〈スラーヴァ〉などの各世界は『偉大なる存在』であるユグドラシルの強大な力によって引き寄せられ、世界群を構成している。
今、アサヒは元の世界に戻るため、リアも彼女自身の理由のために世界樹を目指している。その世界樹は歩けど歩けど近づかないからアサヒは焦っているのだ。
「世界のどこからでも? そりゃすごいね」
アサヒが暮らしていた〈東京〉では、高所からならほとんどどこからでも富士山が見ることができる。そんなようなものかと思っていた。




