その7
一組の男女が向かい合わせに立っていた。大きな女と小さな男。対照的な二人である。
男が両手で剣を構える。ロングソードを両手で持ち、腰を低くしているが、腰は逃げ腰だし、手は震え、目は泳いでいる。明らかに素人の構えだ。
対する女の方は泰然自若といった雰囲気だ。全身の力が抜けており、リラックスしている。笑顔さえ浮かべているではないか。彼女が持っているのは剣ではなく、そこらで拾った細い木の枝だ。
「それほど気負わなくてもいい。本当に立っているだけでいい」
「そんなこと言われたって……」
アサヒとリアが駆け込み、エクリプスが加わった洞窟生活は三日目を迎えていた。吹雪は一向におさまる様子はなく、完全に足止め状態だ。
〈ジルシー教会〉から持ち込んだ食材と、エクリプスが持ってきた熊肉のおかげで食料には困らなかったが、人間、パンだけで生きられるわけではない。
元々インドア派なアサヒはもちろん、意外にも一日中魔導書を読みふけっているリアも平気だったが、エクリプスはものの半日でこの生活が耐えられなくなってしまったようだ。
最初は洞窟の中をうろうろしているだけだったのが、やがてひとり剣の素振りを初め、そしてついに――
「ムチャ言わないでくださいよ、エクリプスさん。僕、剣なんて持ったことないですよ」
「大丈夫、大丈夫だから! 絶対に危険なことはしないから!」
張り合いがないとアサヒに相手になって欲しいと言い始めたのだ。
最初は全身鎧のリアに頼んでいたのだが、読書に集中しているのかリアは全く取り合うことなく、やがて矛先がアサヒに向けられた。
「この通り! 頼む! 一生のお願い!」
『俺振り』最終回の展開も担当の久我山に押しきられそうになっていることからわかるように、アサヒは押しに弱い。今こうして土下座しているエクリプスを前に、断れるはずもなかった。
気がつけば剣を渡され、洞窟の中でエクリプスと対峙する少女漫画家がそこにいた。
ふうとアサヒの前で枝を片手に息を大きく吐いたエクリプス。ただそれだけなのに、その正面で剣を構えるアサヒの身体が硬くなる。
「動くなよ、下手に動くと怪我をする」
そう言うエクリプスに、アサヒはこくこくと頷くことしかできない。
「ほどほどにしときなさいよ~」とリアが投げやりに注意してくれた。
傍目には木の枝を持ってただ立っているだけにしか見えないエクリプスだったが――
「はっ!」
「!!」
静から動へ。エクリプスは一瞬でアサヒとの間合いを詰めたかと思うと、棒を振り上げる。そこからそのまま振り下ろして、そこから三連突きへと繋げていく。エクリプスが言ったように、アサヒには全く当てることなく、いずれも紙一重でその軌道が変えられていた。
――といっても、アサヒは目を閉じてしまっており、その動きを見てはいなかったが。
目を閉じていたアサヒにしてみれば、時折ひゅんひゅんという音が聞こえるのみで、何が起こっているのかわからない状況だったのだが、やがてその音も聞こえなくなっていった。
「…………?」
終わったのかと思って、目を開いたのが間違いだった。
エクリプスは憤怒の表情で今まさにアサヒを一刀両断せんと上段から剣を――本当は木の枝なのだが――振り下ろす瞬間だった。
「!!」
思わず身を固くして縮こまらせる。しかし――
「あれ……?」
振り下ろされる木の枝はアサヒの目にはっきりと映った。その動きは思ったよりもゆっくりで、それは昔、小学生の時に友達の山中君と遊んだときのチャンバラ遊びにも似ているような気もして――
気がつけば、体が勝手に動いていた。
すぱっ!
振り下ろされた枝にあわせて下から剣を振り上げた。枝はまるで野菜を包丁で切ったかのように中ほどで見事に両断された。
「「「…………!!」」」
読書しながら横目で見ていたリア、枝を振り下ろしたエクリプス、そして剣を振り上げたアサヒまでもが驚きに目を見開いていた。
からん。切断された枝が洞窟内部の岩に落ちて乾いた音を立てても、しばらくその衝撃に三人は固まったままだった。




