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W線上のアリア  作者: 雪見桜
プロローグ〜世界最強の俺様勇者を振り向かせたい私
3/15

その3

 そこにはアレスがいた。

 相変わらず貴族達に囲まれているのは変わらないが、私の目はその中の一点を正確に射抜いていた。

 アレスの前に立ち、恥ずかしそうに頬を赤らめている豪奢なドレスを身にまとった貴族令嬢。


「ありゃ、侯爵令嬢だぜ。王国一番の美人と噂の……。確かに言うほどのことはあるが、あの野郎」

 オスカーが何か言っているようだが、私の耳には何も入ってこない。目の前が真っ暗になった。


 アレス。

 初めて出会った頃はまだ王子様だとは知らずに気軽に話しかけてた。ちょっと(いやかなり)性格が終わってていけ好かないやつだと思ってたけど、魔王討伐に対する想いは本物だった。

 かなり自分勝手で振り回されたこともあったけど、共に長い旅をした私たち四人は、他の何者にも代えがたい絆で結ばれていると思っていた。この関係は永遠に続くのだと。

 でも、それは私が勝手に思い込んでいただけなのかもしれない。もう旅は終わったのだ。王子と庶民、もはや運命は交わらない。


「あんな表情かお、初めて見た……」

 王国一番と称される美姫を前に、俺様勇者はまるで王子様のような優しい笑顔を見せている。私と一緒に旅をしたあの意地悪なアレスはもういないんだ。そう思うと、優しく微笑む王子様の顔が涙で歪んできた。

「……っ」

 思わず私は駆け出していた。オスカーが私を呼び止める声が聞こえたが、気にも留めなかった。


 気がついたら外に出ていた。周囲にはお城の大きな壁が立ち並んでいるので、中庭かどこかだろう。

 私は空を見上げた。そうしないと涙が溢れてきそうだから。

 旅の途中、何度もアレスとこうして夜空を見ていたことを思い出した。星空を見ながら、将来のことを――魔王を倒した後のことを語り合ったりもした。


「うそつき」

 上を向いていたのに、涙が溢れてきた。星々が涙で歪んでいく。あの日語り合った思い出と共に歪んでいく。

 つ……と涙が頬を伝っていったその時だった。


「…………!!」

 何かが私の涙をぬぐうように私の頬を触った。いや、()()()ではなく、その手は事実、私の涙をぬぐったのだ。

 恐る恐る視線を前に戻すと、果たしてそこには私の思い人がいた。


「何……泣いてんだよ」

 走ってきたのだろうか。アレスの息は荒く、頬も上気している。その頬が少し腫れているように見えるのは私の思い過ごしだろうか?

「別に……あんたには、関係ないでしょ」

 つい、口をついていつもの軽口が出てきてしまう。あのお姫様はこんな汚い言葉遣いしないんだろうなと思いつつも、庶民の私にはどうしたらいいのかわからない。


「関係なくねーだろ。お前は俺の仲間だろーがよ」

「もう関係ないわよ! 魔王は倒したんだし、私は庶民であんたは王子様なのよ! せいぜいあのお嬢様と仲良くしてればいいじゃない!」

 次から次へと憎まれ口がついて出てくる。

 違う。言いたいのはそんなことじゃなくて……。


「…………!! ああもう!」

 アレスが声を荒げて頭を書き上げた。苛ついてるのがわかる。

 そして彼はそのまま何も言わずにその場を去って行った。

 終わった。何もかも。彼はそのままあの令嬢の所に戻り、私には見せない素敵な笑顔で愛を語るのだろう。


 そんな私の所に足音が聞こえてきた。アレスが戻ってきたのだ。

「くそっ! もうちょっとちゃんとするつもりだったんだ!」

 苛立たしげに言って私の方に迫ってくる。私は思わず後ずさるが、アレスの歩みは止まらない。そのまま城の外壁に追い詰められるような形で歩みを止める。


「お前が悪いんだぞ」

 そう言いながらアレスの手が伸びてきた。私は思わず目を瞑るが、その手は私の顎をつかんでくい、と持ち上げた。

 目を開くとすぐ目の前に彼の顔があった。

 少しクセのある金色の髪。若干つり目だが青く宝石が散りばめられたかのようにきらきらと輝く瞳、すっきり通った鼻梁、不敵に歪む口元。

 どきりと心臓が大きく跳ねた。


 王族だからではない。勇者だからでもない。彼だからこそ思う。世界一好きな顔。

 それが私の顔に寄ってくる。

 逃げ出そうと思っても、私の顎は彼に掴まれていた。壁に追い詰められている。いつの間にか左肩も彼に掴まれている。その部分が熱を持って熱い。それほど力を込められていないのに身動きひとつ取ることができない。


 彼の唇が私の唇に触れるか触れないかというところまで接近してきたとき、彼の口が開いた。

「一度しか言わねえ。よく聞いていやがれ」

 身体じゅうを鼓動が駆け抜ける中、その言葉ははっきりと聞こえてきた。

「は、はい……」

 無言。それは一瞬だったのかもしれないけれど、私には無限にも感じられた。

 そして、彼は――勇者でもなく王子でもなく、一人の男として言葉を紡いだ。それは宣言である。

「俺と結婚しろ、マリー。嫌とは言わせねえ」


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