その1
「俺と結婚しろ、マリー。嫌とは言わせねえ」
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…………
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「っていう展開なんですよ。もうこれっきゃないでしょ、先生!」
「は、はぁ……」
都内。そのカフェは、チェーン店でありながら落ち着いた雰囲気に包まれていた。いくつかのテーブル席がゆったりと配置され、少し広めに感じられる空間が広がっている。派手さを抑えた内装は、長居を前提にした静かな居心地の良さを漂わせていた。
平日の午後ということもあり、客の姿はまばらだった。数組が思い思いに時間を過ごし、小さな話し声と食器の触れ合う音だけが、穏やかに耳に届く。
大きな窓から差し込む柔らかな日の光がテーブルを淡く照らし、外の喧騒を忘れさせるような静けさが、店内全体に広がっていた。
そんなカフェの一角でPCを広げながら男女が打ち合わせをしていた。ひとりは、若い私服の男性。もうひとりはそれよりは少し年上のスーツを着た女性。
それなりに長い時を過ごしているのか、出されたコーヒーはすでに冷めてしまっている。先ほど頼んだ追加のコーヒーをウェイトレスが淹れてくれた。
「これまで主人公のマリーを散々振り回してきたアレスが、最終回にして最高の俺様ぶりを発揮して強引にマリーをめとっていく……!」
興奮気味にそう語っている久我山氏は出版社で漫画編集をしている三二歳。夫と三歳になる息子がいる一児の母で、いくつものヒット作を手がけている敏腕編集者である。
「『俺振り』のラストとしてこれ以上ない展開はありませんよね、ね?」
「え、えっと……」
久我山の圧に引き気味なのは有坂旭陽。二一歳の男性だ。
幼少の頃から少女漫画が好きで、それが高じて自作の少女漫画を即売会で販売していたのだが、販売促進のためと始めたコスプレ販売が殊の外好調――本人の知るところではないが、男性がコスプレをして少女漫画を売っているのがかわいいと好評だった――で評判となっていた。ちなみに、女装ではない。
そこに目を付けたのが久我山というわけだ。
彼女の指導によって少女漫画家としてのキャリアを開始した旭陽だったが、彼自身の才能もあり、二作目である『世界最強の俺様勇者を振り向かせたい私』がヒットし、アニメ化もされた。
そのアニメも好評のうちに終わり、そして今、旭陽と久我山は『俺振り』こと『世界最強の俺様勇者を振り向かせたい私』最終回に向けての打ち合わせをしている。
「先生もこの展開を最初から構成していたんですよね? ですよねー。ここまでの積み重ねが効いているというか、さすがですよ、先生」
「そ、それはどうも……」
『俺振り』の一番のファンであると自称する久我山は、確かに有能な編集で、旭陽をここまで育ててきた功労者であるのだが、時々こうして自分の妄想を垂れ流すのが旭陽に言わせれば欠点であった。
とはいえ、その勢いに気の弱い旭陽は否とも言えず、いつもその流れになってしまうのだが……。
しかし今回は最終回の打ち合わせ。構想通りのエンディングに着地させるためにもここはビシッと言ってやらねば!
そう心に決めたのはいいものの――
「では、この展開でコンテ作成の方、よろしくお願いしますね。締め切りは来週の火曜日でいいですか? またLINEしますね。それではよろしくお願いしますー」
「あ、はい。よろしくお願いします」
気の弱い旭陽にそんなことできるはずもなく、今日もいつも通り押しきられてしまったのであった。




