その4
「早かったね。もう獲物は獲れたの?」
シチューをかき混ぜながらアサヒは聞いた。もうちょっと煮込んで野菜を柔らかくしたいと思うくらいにはリアの帰還は早かった。
「それがね……」
思ったのと違う、奥歯にものが挟まったような反応だった。
「…………?」
アサヒがリアの方を見ると、リアは自分の後ろ――洞窟の入口の方を見ていた。アサヒもそちらを見ると、そこには雪の塊があった。
いや、雪の塊ではなく、何かを猛吹雪の中運んできたので、雪が積もっているのだ。
アサヒが積もっている雪を払うと、果たしてそこには――人が横たわっていた。
「ぎゃあああああああああ!」
アサヒはすかさずリアを洞窟の奥の方まで連れ込んだ。小声で言う。
「ど、どうしたのあの人……?」
「えっと……拾った?」
「拾ったって……えぇ?」
ちらと倒れているその人物を見る。
長く青い髪がきめの細かい、無駄な肉がついていない細面に張り付いている。目は閉じていてわからないが、鼻筋が通っていて精悍な印象を受ける。全体的に筋肉質な体つきだが、胸にふたつの膨らみを持つ――女性だった。
「生きてるの?」
「ええ。でなければ連れてこないわよ」
それもそうか。と思うが、問題は意識のないこの人をどうすればいいのかどうかだ。
「取り敢えず身体を温めて、目が覚めたら温かいものを食べさせる。くらいしか思い浮かばないなぁ」
「それでいいんじゃないかしら? 薬なんてないしね」
魔法でどうにかならないかとも思ったが、リアによると魔法で治せるのは怪我などの外傷に限り、病気や衰弱にはむしろ魔法は逆効果だという。
「それじゃまずは、服を脱がさないとね」
「ええっ!?」
「何よ変な声出して。身体を温めるって言ったのはあんたじゃないの。もしかして、あんた変なこと考えてない? やぁーねー。これだから男って」
表情は見えないのに蔑むような目つきを幻視した。
「ち、違うって! ちょっとびっくりしただけだって!」
そう言いつつもアサヒの目はつい女の人の方へ――
「ああっ!?」
「まーたそうやってすぐ大きな声を出して誤魔化す」
「ち、違うって! 見て! あの人いなくなってる」
「何ですって!?」
リアが振り返ると、確かにそこに横たえていたはずの遭難者が消えていた。くっきり残る人の形に濡れたあとだけがそこに人がいたということを物語っている。
「冷えた身体にはちょうどいい。五臓六腑にしみわたるとはこのことだ」
「誰!?」
猛吹雪をバックに、洞窟の入口に一人の女が立っていた。
裾の長い――アサヒは着流しのようだと思った――服装に薄汚れたマントを羽織り、腰には長い刀を佩いている。
その長く青い髪と細面、そして何よりその大きなふたつの膨らみには見覚えがある。
間違いなくリアが運んできた瀕死の女性だった。
「味付けって――ああっ!?」
「今度は何よ。もう驚き疲れたわ」
リアがアサヒを見ると、アサヒはたき火にかけていた鍋を覗き込んで呆然としている。
「シチューがなくなってる!」
「なんですってぇぇぇぇ!」
アサヒの言うとおり、先ほどまでは鍋一杯に入っていたシチューが全てなくなっていた。
リアがきっ、と女の方を見ると、女はどこから取り出したのか、爪楊枝を口に入れて歯の掃除をしていた。
「悪くない味付けだが、肉がないのはいただけないな」
「何言ってんのよ! これはあたしのよ、この食い逃げ女!」
二人分で作ったんだけどなとアサヒは思ったがそれは声に出して言うまい。
「食い逃げ女? それは心外だな。私はエクリプス。世界一の剣豪になるさだめとなる女」
エクリプスを名乗った女は、リアを指さし、
「そこの女! 行き倒れた私を助けてくれたこと、感謝するぞ!」
そしてアサヒを指さし、
「そこの男! 馳走になったぞ。ではさらば!」
それだけ言って古びたマントを翻して洞窟を飛び出していった。
「あーっ、待ちなさい! あたしのシチュー、かえせ!」
二人のシチューだってばと、アサヒは心の中で反論した。




