その1
「リアぁぁぁぁぁ? どこぉぉぉぉぉぉ?」
漫画家としての人生では決して出すことはないであろう大声をはり上げるが、それすらも轟音によってかき消されてしまう。
「リアぁぁぁぁぁぁぁぁ? うえっ、ぺっ、ぺっ!」
大口を開けてリアを探していたら、雪が大量に口の中に入ってきた。暴風と豪雪がアサヒの視覚と聴覚だけでなく、声を出すことすら邪魔してくる。
〈スラーヴァ〉に入って数日。最初は天候もよく、順調に歩いていたが、雲行きが怪しくなってからはすぐだった。あっという間に暴風雪に巻き込まれ、右も左もわからなくなってしまった。
現在の視界はおよそ五センチ。自分の足元はもちろん、口に当てた手も見えないレベルだ。隣を歩いていたはずのリアもいつの間にか見えなくなっていた。
「リア、どこぉぉ?」
雪が口に入らないように、短く声を出した。帰ってくるのは風の鳴る音ばかり。
――いや。
「…………ぃ?」
風の音に混ざってあの特徴のあるソプラノの声が聞こえてくるような……。
「…………?」
アサヒが耳を澄ませるが、聞こえてくるのは荒れ狂う風の音。
と思った瞬間。
「!!」
突然、肩を掴まれた。思わずビクッと身体を震わせるアサヒ。振り返ると、猛吹雪の中からぬっと現れる真っ黒い人の顔面。
「うわあああああああああああ!」
雪が口の中に入り込むのも構わず、大声を上げてのけぞり、そのまま尻餅をついてしまった。
さらに吹雪の中から黒い手がぬっと伸びてきて、アサヒの顔――の横の耳に触れたかと思うと、何かが入ってきた。
「聞こえる?」
耳に入れられた何かから声が聞こえてきた。リアの声だ。耳に入れられたのはイヤホンのようなものだったのだ。
「リア! どこ? どこにいるの?」
成人男性としては些か――いやかなり情けない声だが、この状況では仕方ないだろう。
そうしていると吹雪の中からぬっと黒い顔面が現れた。一瞬ビクッとするも落ち着いてよく見てみるとそれはリアのいつもの鉄仮面だった。
「落ち着きなさい。ここにいるわ」
「ずっと隣にいたのよ。突然あんたが叫びだしたから発狂したのかと思ったわ」
両手でアサヒの両肩を掴み、頭をくっつけるような距離で言った。これならばさすがにリアの鉄仮面がよく見える。アサヒも少し落ち着きを取り戻していた。
「そ、そうだったの……!?」
少なくともアサヒからは突然リアが消えてしまったかのように見えたのだが、実際はそうではなかったようだ。目の前の自分の手すら見えないような猛吹雪の中では仕方のないことなのかもしれない。
「ミスったわ。あたし、目と耳を魔法で強化してたんだけど、すっかり忘れてた。確かにあんたには何も見えないし、何も聞こえないわね、これ」
そう言っている間にも周囲では暴風雪がびゅうびゅう吹き荒れている。
「ちょっとこれ、もう無理なんじゃない? 今日はここでキャンプしようよ!」
時間は――わからない。というのも、〈スラーヴァ〉にきてからというもの、彼らはまだ太陽を見ていなかったのだ。太陽が昇らない世界なのか、それとも極端に一日が長い世界なのかはわからないが、太陽で時間が計れない以上、適当に時間を区切って休むしかなかった。
これまでの数日間は魔法で雪に穴を空け、その中でキャンプをしていた。雪の中は意外と暖かいのだ。
しかしその提案を受けたリアは周囲を見渡し、
「さすがにこの天候じゃ穴を掘っただけのテントじゃ厳しいわね。どこか雪と風を凌げる場所を探さないと」
リアは「ちょっと待って」といい、背負った背負子から一冊の本を取り出した。リアが魔法を使うときに使用する魔導書だ。
ぱらぱらとページをめくっていくが、猛吹雪の中でページをめくるのも一苦労だ。
やがて目的のページを開いたところで甲冑の指がそこに書かれている文字をなぞっていく。なぞられた文字は緑色に光り、それは少しずつ赤く染まっていく。
やがてなぞった文字の全てが赤く光ったかと思うと、そのまま消えた。
「…………?」
何も起こらなかった。失敗したのか、とアサヒが思った時、リアの顔がある一点の方向を見つめていた。
「こっちね。行くわよ」
言って、リアはすたすたと歩き出した。
「あっ、ちょっと待って!」
少しはマシになったものの、今の視界は二〇センチである。吹雪の中消えそうになっていく漆黒の全身鎧を必死に追いかけて、はぐれないようにその手を掴んだ。
「ひっ……!? な、なに?」
驚いたようなリアの声。
「え? はぐれたら困るから」
「あ、そ、そう……。な、なんだ、そうなの。び、びっくりした。あたしはてっきり……」
「ん? 何? よく聞こえない!」
「な、なんでもない!」
吹雪の中叫びあう。




