その2
「ここが『世界境線』。ここから先は別の世界、〈スラーヴァ〉」
〈スラーヴァ〉。子供たちの世界を侵略して彼らを追いやり、そして〈ジルシー教会〉にもその魔の手を伸ばしてきた侵略世界。
しかし、リアは正面ではなく、その足元を見た。
「ここに、結界を埋め込んだの」
「結界……?」
「そう。特定の効果を持続的に及ぼす魔法――と言ったところかしらね。時間をかけてかなり強力な結界を埋め込んだから、今後一〇〇年は効果を発揮すると思う」
一〇〇年……。長い時間だ。一〇〇年後はおそらくアサヒは生きていない。
「どんな効果だと思う?」
突然の問いにアサヒは目を丸くした。
「え……? 魔法のことはよくわからないけど、攻撃を弾く結界とか?」
アサヒの人気作『俺振り』はファンタジー世界の漫画だ。その登場人物である黒魔道士シーズのバトルを思い出して答える。
アサヒの答えにリアは黙って首を振った。そして一言。
「認識を阻害する結界」
「認識を――阻害する?」
よくわからなかったアサヒにリアが説明を付け加えてくれた。
「ここに〈ジルシー教会〉があると認識できなくなる結界よ。〈スラーヴァ〉が例え大軍を寄越してもここには何もないと錯覚させる。攻撃を防ぐよりも効率的で、長持ちする」
淡々と説明するリアだったが、アサヒはその結界の重大な欠陥を見いだしてしまった。
恐る恐るリアに問いただす。
「で、でも――それだと……。その結界だと誰も〈ジルシー教会〉に来ることはできなくなるんじゃ……ないの?」
その問いにリアは再びアサヒの方を振り返った。声が震えている。
「そうよ! 今後一〇〇年、〈ジルシー教会〉には誰も立ち寄らなくなる! もし子供たちが大きくなってここを離れたとしたら、二度と戻ってこられない。永遠の別れなのよ! でも、そうしないとこの楽園を守ることはできない!」
老神父と一七人の子供たちが暮らし、なにひとつなく自由に暮らすことのできる小さな楽園。その存在を知った外の人間の中にはこれを自らのものとしたいと考える者もいるだろう。〈スラーヴァ〉のように。
仮に〈スラーヴァ〉の目論見を打倒したとしても、また別の誰かが狙ってくるかもしれない。
そのたびにリアがあの楽園を守ることができるのか?
答えは否だ。
「そのことを……子供たちは知っているの?」
知らないとしたらあまりに残酷だ。自分たちだけでこの先生きていかなければならないのだし、外に出てしまったら二度と戻ることはできないのだから。
「知らないわ。でも、オイゲン助祭にだけは話しておいた。子供たちが成長して、〈ジルシー教会〉を出たいと思ったときに話してほしいから」
「そうか……」
そこまで考えていてくれたんだな。
「ありがとう。ごめんね」
アサヒは手を伸ばし、自分よりも一五センチも背の高い全身鎧の兜に手を伸ばし、そのまま撫でる。金属製の兜はひんやりしていて冷たいはずだったが、どこか暖かかった。
そのままされるがままになっていたが……。
「はっ……!」
何かに気づいたリアはばっと横に伸びのいた。両手を頭に乗せて、何かから頭を守るような格好をしている。
「なっ、ななななななな……何してるのよっ!」
鎧の向こうからでもその動揺ぶりがわかりそうなものだが、当のアサヒはけろりとしたような様子で、
「あ、ごめん。どういうわけか、そうしたいと思ったから、つい」
「つ、ついじゃないわよ! 勝手に触んないでよね!」
自分はこんなに動揺しているのにアサヒは涼しい顔をしているのがなんか悔しくなってきた。すーはーすーはーと深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、改めてアサヒと向き合う。
「じゃあ、W線を越えるわよ。準備はいいわね?」
「あ、ちょっと待って」
「何よっ! そんなに待てないわよ!」
深呼吸の回数が少なかったのか、やや興奮気味のリアの足元をアサヒが指す。
「それ、忘れてるよ」
そこには、オイゲン助祭から譲り受けた物資を入れた袋が置きっぱなしになっていた。
「わ、わかってるわよ! これから持って行くところだったの!」




