その4
「それにしても、大変でしょう。毎日これだけの食べ物を用意するのは」
食後に出されたお茶――礼拝堂で出されたものとは若干違う味だった――をいただきながら、アサヒはなんとなく老神父に聞いた。
「いえ、そうでもないですよ。全部裏庭の畑で採れたものですから」
「へぇ、そうなんですか。でも家畜を育てるのは大変でしょう?」
「いえ。ですから、全部畑で採れるんですよ」
「全部?」
「ええ、全部」
おそらく今アサヒの頭上には『?』が浮かんでいることだろう。訳がわからないといった表情の彼に、リアが助け船を出してくれた。
「この〈ジルシー教会〉は『祝福』の加護が与えられてる世界っぽいの。それで寒くもないし、熱くもないし、畑からは無限に食料が採れるし、雨も必要なときにしか降らない。奇跡の世界ってわけね」
「どうしてこうなってしまったのか、私にもわからないんですけどね。転移前はただの田舎の古い教会だったんですが」
老神父が頭をかきながら笑ったが、アサヒにはわからないことだらけだった。
「えっと……『世界』? 『転移』? すみません、ここはそもそもどこなんですか? 〈東京〉――いや日本じゃないってことはわかるんですが……」
「ああ、そうか。そうよね」
リアが皿の上に残されたぶどうの一房をつまみながら言った。ほとんどの皿は空になっており、すでに子供たちの手によって片付けられていた。
「ここは多数の世界が集まって構成されている『世界群』〈トランカータニア〉のひとつ〈ジルシー教会〉よ」
要するに異世界である。それはにわかには信じられないことであった。
アサヒとて異世界転移もののアニメのひとつやふたつ見たことがあるが、さすがに二十歳を超えている身である。フィクションと現実の区別くらいはつく。トラックにはねられて異世界に行ってワンチャン美少女となんて思ったことはないし、起きるわけがないと思っていた。
それがこの有様である。
しかも、ここはたくさんの世界が集まって構成されている『世界群』なのだという。
「そんな……僕は一体、どうすれば……」
コンテの修正稿も出さなければ久我山さんの案が通ってしまいそうだし、何よりも明後日にはアシスタントの山崎くんが来る日だというのに……?
頭を抱えて悩むアサヒの肩に、リアがそっと手を当てた。
「人が単独で〈トランカータニア〉に転移してくる例は少ないけどないわけじゃないわ」
「そうなんだ……」
「あたしが見た事例を調べればあんたを元の世界に戻せるかもしれない」
「本当!?」
アサヒがリアの肩を掴んで迫ってくるものだからリアはちょっと引いている。
「ちょっと、近いわよ!」
「あ、ごめん……」
「ただ、今は無理」
「ど、どうして?」
アサヒは肩を落として、あからさまにがっかりした様子になった。
「あたしにも旅の目的があるのよ。わかるでしょ、それくらい」
「そ、そうだよね、ごめん」
突然見知らぬ場所に来てしまったとは言え、相手の事情も考えずに自分のことばかりを優先させていたことにアサヒは恥じた。
「まあ、どっちにしても今夜はもう遅い。アサヒさんも泊まっていきなさい」
助け船を出すように老神父がそう申し出てくれた。
「ありがとうございます。助かります」
「ただ、ひとつ問題がありまして……」
何やら申し訳ないような、言いにくいような感じである。
「?」
「それが、その……。客間は一部屋しかないのです」
「はあ」
「あら、あたしは別にいいわよ」
そこでどういうわけかリアが話に入ってきた。
いや、ここでリアが話に入ってくるということは――
アサヒはピンときた。
「ま さ か」
「はい。リアさんと同室になります……」
申し訳なさそうな神父。
「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
この日、アサヒは人生で最も大きな声を出した。




