その3
礼拝堂から奥に入り、手持ちのろうそくしか光源のない廊下を少し進んだ先の部屋に案内された。
もとは教会の応接室だったのだろうか、先の礼拝堂ほども広いその部屋には二〇人は同時に使えるであろうほどの大きさの長テーブルが置いてあった。
幾つかのろうそくがもたらす淡い光りに照らされている料理や飲み物、そして果物の数々。そしてそれらを取り囲んで彼らを待っていたのは――
「あ、リアちゃんきた」
「おそーい!」
「ぼく、もうおなかペコペコだよ」
「あっ、だれかいる!」
「おにいちゃん、だあれ?」
「てきをホリョにしたんだよ。ゴウモンだ、ゴウモン!」
「ちがうよ、カレシよ、カレシ!」
「わぁ、リアちゃんオトナだぁ!」
「だーれが男連れ込んだってのよ!」
「わぁ、リアちゃんがおこった!」
「きゃー、こわいー!」
ほとんどが一〇歳に満たない子供たちであった。そんな子供たちが一〇人はくだらない。一五人くらいだろうか?
服装こそ古びていてつぎはぎのものだったが、どの子も表情は明るく隣の子と話をしたり、はしゃいだりと屈託ない表情を浮かべている。肌つやはよく、髪も丁寧に梳かされていることから、彼らが心身共によい生活を送っていることが伺える。
「騒がしくてすみません。普段はこれほどでもないのですが、今日は皆新しいお客様に興奮しているようです」
思わぬ光景に目を丸くしていたアサヒに老神父が説明してくれた。
老神父がぱん、ぱんと手を打つと、それまでの喧騒が嘘のように子供たちは静まりかえり、全員が老神父に注目した。
「はい、みなさん。新しいお客様にご挨拶しなさい」
と老神父が言うと、
「「こんばんは」」
子供たちは声を揃えて行儀よく挨拶した。なのでアサヒも、
「あ、こんばんは。有坂旭陽です。よろしく」
と釣られて挨拶をした。人見知りするタイプのアサヒにしては快挙である。
食事前にお祈りをすると老神父が言っていたが、祈る習慣もなければこの教会が祀る神のことも知らないアサヒが戸惑っていると、「なんでもいいから、祈ってるフリをすればいいのよ」と隣に座るリアが耳打ちしてくれたので、少々気が楽になった。
「いただきまーす!」
祈りの言葉もそこそこに一斉に料理に手を伸ばす子供たち。さすがの育ち盛りの光景である。大皿に盛られた料理やパンを各々自分の皿に取って食べるスタイルだが、そこももどかしいのか、大皿から直接自分の口に放り込む子もおり、いちいち年長の子から叱られているが、それでも食べる手を止められない。まさしく戦争である。
アサヒにとってそれは衝撃的な光景だった。
もともと共働きの両親の元に生まれた一人息子のアサヒは夕食を一人で取ることも多かったことに加え、流行病の影響で学校でも『黙食』を求められる期間が長かった。
大学に入ってからはサークルにも入らず一人黙々と漫画を描き続けていたこともあり、賑やかな食事というものはほとんど初めてに近かったのだ。
「どうしたの、食べないの? なくなっちゃうわよ」
隣のリアにそう言われて初めて自分が子供たちの食べる様子を見ているだけで自分が食べていないことに気づいたほどである。
「いや、いただくよ。いただきま……」
そこで隣に座るリアがまだ全身鎧を身につけたままだということに気がついた。この人、いつになったら鎧を脱ぐのだろうと見ていると、等のリアは見られていることにも気づかずに皿に盛られた骨付き肉を掴み、そのまま面頬の隙間にねじ込んだ!
「!!」
その食べ方に目を見開いて驚くアサヒ。リアは見られていることに気がついたのか、アサヒの方を向いて首を傾げた。
「? どうしたの? 早く食べなさいよ。おいしいわよ」
「あ、うん……。そうだね」
そう言ってリアは次の料理を運んで兜の中に突っ込んでいた。
……まあ、あまり突っ込むのはよそうと、あらためて机の上の料理に目を向けた。
が――
「ええっ!?」
山のように盛られていた料理がもうなくなっていた!
「大丈夫ですよ。いつものことなので、おかわりを用意してあります」
と老神父が言ってくれたので助かった。「おかわり!」という子供たちに「これはアサヒさんの分です」と釘まで刺してくれた。
結論から言うと、アサヒは老神父が持ってきてくれた一皿分のおかわりさえも食べきれず、子供たちに手伝ってもらったほどだった。
「大丈夫ですか? 遠慮せずとも食べ物はまだまだありますよ」
「いえ、大丈夫です、ホントに」
アサヒのために持ってきてくれた分を分け合う子供たちを見ているだけでお腹いっぱいになってくる。そもそもそれほど食が太い方ではないのだ。




