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W線上のアリア  作者: 雪見桜
世界樹の勇者は悪の鎧戦士を倒したい
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その6

「今のでわかったでしょ? あんたを黒焦げにすることなんてわけないのよ。なのに手加減して()()()わけ。優しいでしょ? そんな優しいあたしが魔王のはずないでしょ?」

 聞き分けのない子供に言い聞かせるように言った全身鎧だったが、頭に血が上りきっている勇者にその言葉が届くはずもなく。それどころか――


「ぷっ」

 びちゃ。湿った音が聞こえた。

 見れば、全身鎧のその漆黒の面頬部分が濡れていた。全身鎧がその部分に手を当てる。

 全身鎧の形が震えた。その中の顔はわからないが、それでもその怒りがありありとわかる。

「ふ、ふふふふふふ。そう。それがあんたの答え。よーくわかったわ」

 そう言って再び本を開き、そこに書かれている文字に指を這わせる。

「地獄に落ちなさい!」


 その時だった。


「バカめ! この瞬間を待ってたんだ!」

 もはやどっちが勇者でどっちが魔王(疑い)かわからないが、勇者であるはずのフレスベルグはそう言ってノーモーションで右手に持っていた世界樹の剣を投げつけた。

「しまっ……!」

 剣は狙い違わず黒表紙の本に命中し、それを大きく弾き飛ばした。


「これで魔法も使えねーだろ! 残念だがオレのか……ち……」

 新しい世界樹の剣を生成しながら、フレスベルグが勝ち誇ったように言おうとしたが、その言葉は最後まで発せられることはなかった。

 全身鎧の右手が勇者の眼前に突き出されていたからだ。その手のひらには赤い粒子が発生しており、何らかの力の集まりを感じる。


「へっ、ハッタリは無駄だぜ! てめーはあの本がなけりゃ魔法が使えない。そうだろ?」

 冷静に考えればそのはずだ。

「あらそう」

 なのに、何の感情も乗せられていない全身鎧の言葉に怖気が走るのはどういうわけだろうか? 先ほどから頭の中を支配するこの違和感は何だろうか? この魔王は果たしてハッタリをかますようなタイプだったろうか?


 その違和感。理性と本能の決定的な齟齬。その齟齬は次の瞬間、一瞬にして消滅した。

 悪い方向に。


「…………!!」

 全身鎧が突き出している右手の二の腕を支えるように掴んでいる左手、その指先が不自然に伸ばされていることに気がついた。そしてその先に見た。漆黒の本に書かれていたのと似たような文字列が鎧の右の二の腕に書かれていることを! そしてその文字が緑色に光り、徐々に赤くに変化していることを!

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 次の瞬間、勇者の悲鳴をかき消すほどの轟音があたりを支配した。


 それでもそこには全身鎧の優しさがあったのだろう。これまでにない威力の火球の衝撃を勇者が全て受けないようにと命中の瞬間、勇者の下半身を支配していた土の縛めを説いていた。

 顔面に特大の火球を食らい、文字通り顔から火を噴きながら吹っ飛んでいく勇者。

 そのまま気を失って動きを止めたかと思ったが――


 ぱちり。

 しかし勇者は目を開いた。ぎょろりと青い瞳が全身鎧を見る。そのまま全身のバネを使って跳ね起きようとして――地面に縫い付けられた。

「ぐっ……!」

 そこには全身鎧の厳しさがあるのだろう。吹っ飛ばされた勇者が地面に落下するのと同時に大地から手が生えてきて勇者の四肢をがっちりと掴んでいたのだ。大の字に横たわるその姿は、まるで処刑を待つ聖者のようでもあった。


 全身鎧は折れた細剣と本を拾い上げ、大地に縫い付けられている勇者の足元まで歩いてきた。

 さしもの勇者も両手両足を完全に固定されていては身動きを取ることができない。開いた本に油断なく指をあてながら選択肢を突きつけた。


 全身鎧は、ぞっとするほど冷たい声で言った。

「選びなさい。今すぐこの世界を去るか、それともここで頭が冷えるまで放置されるか」

「そんなこと……」

 大の字になったままひっくり返っているフレスベルグはそれまで全身鎧を睨みつけていたが、今は目を閉じ全身からも力を抜いたようだ。

 が、それは観念し敗北を認めたということでは決してなかった。なぜなら――


「てめーに決める権利があるのかよ!」

 そう叫んだ瞬間、フレスベルグの両手両足から蔓が勢いよく飛び出した。それは新芽が大地を突き破って出てくるが如く、彼を縛る土の腕を打ち破り、彼の自由を取り戻した。

 それだけに留まらず両手両足から飛び出した四本の蔓はそのまま彼の足元に立つ全身鎧に向けて殺到する。


「ちっ……!」

 全身鎧は舌打ちをしながら間合いを取るために後ろに下がった。枷から解き放たれた勇者はその隙にすかさず立ち上がった。


「させるか……!」

 全身鎧が本に指をかけようとしたが、勇者の動きはそれ以上に速かった。


 勇者の両手両足から生長した蔦は複雑に絡み合ってひとつの形状を成していた。世界樹の剣だ。勇者はそれに飛びつくと、そのままの勢いですくい上げるように世界樹の剣を振る。

「もらったぁっ!」

 それは全身鎧の籠手を吹きとばさんと――


 その瞬間、世界がブレた。


 戦闘中の全身鎧は極度の集中状態にあり、その瞬間をはっきりと見た。今まさに自分の腕を斬り払わんと振り上げる勇者の姿が――

 別人に入れ替わった!

 そしてその人物は現れるなり突然、こう言い放った。


「俺と結婚してください!」


 突然の申し出に全身鎧はあろうことか、こう答えた。答えてしまった!


「え? 別にいいけど」


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