その7
「喰らいなさい、魅了!」
リアの声とともに、薄桃色の煙がベヒーモスの頭部に現れる。それと同時に巨獣の動きが止まった。
「やった……のか?」
しかし、その言葉はやはり禁句だった。
「んもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ベヒーモスが後ろ足で立ち上がり、雄叫びを上げる。ベヒーモスにかかっていた薄桃色の煙は雲散霧消してしまった。
「抵抗した? ならもう一度……」
再び魔導書に指をかけるが、立ち上がったベヒーモスが再び前足を地面につけると、その衝撃で大地が大きく揺れた。
「きゃああああ!」
衝撃でリアは倒れ、魔導書を丘の下まで落としてしまった。慌てて拾いに行こうとしたが、魔法を使ったのがリアだと気づいたのか、ベヒーモスはアサヒの挑発に見向きもせずリアの方へと向かっていく。
「リア、逃げて!」
ベヒーモスの気を引くことを諦めたアサヒがリアの方へと走る。
蔓を可能な限り伸ばし、リアの全身鎧に絡めると、そのまま大きく跳躍して、先ほどと同じようにベヒーモスの背に乗った。
「あたしの魔導書!」
「あとにして!」
暴れるベヒーモスの上で世界樹の蔓を使い身体を固定しながらアサヒは言った。
「さて、どうしようかな」
二人はまだ暴れるベヒーモスの背にいた。なんだかんだでここが一番安全だとわかったからだ。二人の身体はアサヒの蔓とリアが魔法で作った土の手でガッチリと固定している。
「魅了の魔法は効かなさそうだわ。考えてみれば、あの巨体に人間用の状態異常魔法が効くわけない」
落ち着きを取り戻したリアが冷静に分析した。
「となると、倒すしかないね。できそう?」
そう聞いたアサヒに、リアはキッと睨みつけるようにアサヒの方を見た。
「誰に言ってるの? ……って言いたいけど、あたし一人じゃ無理ね。あんたの力が必要だわ」
「どうすればいい?」
巨獣の背中でアサヒとリアは軽く打ち合わせをした。アサヒが前衛、リアが後衛。いつもと変わらない。
「いくよ」
「いつでもいいわよ」
アサヒは軽く頷いてから大きくジャンプした。
今度はかの魔獣の気を引くのではない。正面からの真っ向勝負だ。
「たああっ!」
目指すは巨獣の頭部。リアからのアシストはまだない。が、かならず来ると信じている。
「一撃で仕留めるわ。ベヒーモスの首を落とす」
「首を? あんな大きな化け物の首なんて落とせるの?」
当たり前だが、ベヒーモスの首周りは世界樹の剣の長さよりも長い。数倍、もしかすると十数倍ある。
「落とすのはあんたの世界樹の剣じゃなくて、あたしの魔法。でも魔法だけだと細かい制御ができないから、そのために世界樹の剣が必要なの」
「どういうこと?」
「魔法剣って技術があるわ。剣に魔法をかけて攻撃力を上げたり、攻撃範囲を広げたりすることができるの」
「つまり、リアが魔法で世界樹の剣の攻撃力と攻撃範囲を強化してくれるってこと?」
「概ねその認識で正しいわ。しかも味方への強化魔法だからさっきの『魅了』みたいに失敗することもないわよ」
「わかった。それで行こう。僕は何をすればいい?」
「普通にベヒーモスの首を取りに行けばいいわ。適当なタイミングであたしが魔法をかけるから」
ベヒーモスの頭が正面下方に見える。このまま落下していけばベヒーモスの首に取り付けそうだ。
と、その時――頭上が突然明るくなった。
見ると、振りかぶっていた世界樹の剣が炎をまとっている。これがリアの魔法剣だ。
「いくぞ、とりゃあああああああ!」
百人の助勢を得た気持ちで落下の勢いもあわせ、全力で振り下ろす。剣を振り下ろすのに連動して炎の刃が長くなっていく。
が――
「……!!」
アサヒの落下速度よりもベヒーモスの顔が大きくなる速度のほうが速い。ベヒーモスが首を伸ばしてきたのだ。そしてその大きな口を広げ、アサヒの視界いっぱいに広がった時――
ばくん!
その巨大な口が燃え盛る剣ごとアサヒを丸呑みした。




