その6
リアは文句の一つも言いたくなったが、それよりもこのデカブツを何とかするのが先だ。
取り出した魔導書を開き、文字に指を伸ばす。
と、そこである一つの可能性に気がついた。
「ねえアサヒ。あたし思ったんだけど」
落下しつつアサヒに言う。
「え、何? 今?」
「いや、あたしも今する話なのかなーとは思うんだけどね。でも今言わないとまずい気もするんだよね」
「だから何?」
「もしかしてこいつがあの人の探してる『べこ』なんじゃないかって」
……………………。
…………。
一瞬の沈黙。そうしている間に二人はベヒーモスの背に着地してしまった。
「んもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
更に怒りをつのらせた巨獣が雄叫びを上げ、身体を大きく震わせた。
「きゃっ!」「わわわっ!」
二人はいともあっさりと振り落とされてしまった。
「あいたたた……」
「大丈夫、リア?」
地面に落とされたアサヒはリアを心配するが、声の調子からすると大丈夫そうだ。
アサヒはリアの手を取って起き上がらせる。
――などとしているヒマはなかった。怒れる巨獣は何がそんなに気に入らないのか、かの生物に比してあまりにも小さすぎる二人の人間に対し、偏執的に追いかけてくる。
「逃げるわよ、走って!」
言われるまでもなく、走って逃げる。
背後から迫りくる足音はズシン、ズシンとその音だけ聞いていると実にゆっくりなのだが、歩幅があまりにも違う。全力で走っても追いつかれそうだ。
「あいつが『べこ』だったとして、どうするの?」
隣を走るリアにアサヒが聞いた。リアは走りながら少し考えて、
「あたしに考えがあるわ。時間をちょうだい。一分でいいわ」
「…………なんとかしてみる」
アサヒはリアと目配せをして「三、二、一、ゼロ!」で二手に分かれた。
「今度はあたしの方に来ないでよね!」
「わかってる!」
ベヒーモスは二手に分かれたターゲットのうち、どちらに向かうか一瞬迷ったが、そのうちの片方が足元へとやってきてうろちょろするのが邪魔で、先にそちらを踏み潰すことにした。
「こっち! こっちだよ!」
空が崩れてくるかのようなベヒーモスの足踏みの中、アサヒは巧みにそれをかいくぐりながら時折世界樹の剣でベヒーモスの足を叩く。
ベヒーモスにとっては米粒のように小さい人間が針よりも細い剣で殴っているに過ぎないのだが、もしかすると小指をタンスの角にぶつけたように、大きさの割にはかなり痛いのかもしれない。殴るたびに耳をつんざくほどの大声を上げ、躍起になって踏みつけようとしてくる。
「えっと……あれはたしか……」
一方のリアは少し離れた丘の上まで移動し、背負っていた本棚の中から魔導書を何冊か取り出してページをめくっていた。
「あんまり使わない魔法だから、どこに書いてあったのか覚えてないのよね」
そうひとりごちながら、ページをめくりつつも斜め読みで内容を確認して当該の魔法を探す。
「ここでもない、ここでもない……。あーもう! 誰よこのシステム構築したの! なんで魔導書の検索機能ついてないの!」
などと、二年前の自分に文句を言いながら魔法を探す。
そうしている間にも巨大な牛の奇妙なダンスは続いている。それはアサヒの頑張りにほかならない。
「あった!」
ようやく見つけ出した。この戦いが終わったら検索システムを構築するんだとフラグのようなことを考えつつ、反ミスリルでできた指先を魔導書に這わせると、該当部分が輝いていく。
「喰らいなさい、魅了!」




