その5
よたよた走ってきた牛がアサヒの横を通り過ぎていった。彼の目は血走っており、命がけで走っているようだった。
「あれが『化け物』?」
アサヒがベヒーモスを見ながら言う。
「間違いないわ。アサヒ、あれを倒すわよ。牛を守らないと」
「え、えぇ……?」
何に対してなのかはわからないが目を怒りに血走らせ、前足で地面をかいて今にも走り出しそうなベヒーモスを前にアサヒが一瞬うろたえる。
だが、それは一瞬だった。睨みつける牛に対して逆に睨み返す。
「ああもう! やるしかないんでしょ?」
「そうよ! あたしが魔法を使うまででいいから、時間を作って!」
「わかったよ!」
言いながらベヒーモスの注意を引き付けるように大回りに走り出したアサヒは展開していた蔦の網を引っ込めて手の中に世界樹の剣を出す。同時にベヒーモスがアサヒに向かって走り出した。
「!!」
想定外のその勢いにアサヒは急ブレーキをかけた。それでも止まりきれず。咄嗟に蔦を伸ばしてそれを地面に突き刺し、即席のアンカーとして使ってようやく静止する。
その眼の前を山が猛スピードで突っ走っていった。背筋が寒くなる。
「いや、これ無理でしょぉぉぉぉぉぉぉ!(ドップラー効果)」
言っている間にベヒーモスが方向転換してこちらに向かってきたので慌てて逃げ出すアサヒ。速い上に俊敏。しかも岩山を粉々にするパワー。全力で逃げないと追いつかれてしまう。
「ちょっ……! 何でこっちに来るのよ!」
全力で逃げるアサヒがこっちにやってくるのを見て、魔法を用意していたリアも慌てて逃げ出した。リアに追いついて横を走るアサヒに文句を言う。
「なんでって言われても、あいつが追いかけてくるんだよ」
「だからって、こっちに来なくても――きゃっ!」
ベヒーモスとの距離が近くなった影響か、地面が大きく揺れ、リアがバランスを崩した。
それをアサヒの蔓が優しく受け止める。
「あ、ありがと……」
そのまま走っていく。が――
「じ、自分で走れる……よ?」
リアが朝日を上目遣いで見る。そう、いまアサヒは世界樹の蔓でリアを抱えたまま走っているのだ。
「いや、それだと追いつかれちゃう。それより」
「それより……?」
そうしている間にも後ろからズシン、スジンと激しい足音が迫ってきている。
「僕が抱えているから、その間に魔法を使えないかな」
その考えはなかった。やってみる価値はありそうだ。
「やってみるわ。なるべく揺らさないようにして」
「努力するよ!」
そう言った瞬間、アサヒが大きく横っ飛びした。その直後、はるか上空から空が落ちてきたと思えるほど太いベヒーモスの足が降ってきた。
「ちょっ……! 言ったそばから!」
「仕方ないでしょ! 潰されるよりマシでしょ!」
「そうだけど……! でも――」
「リア、黙って! 舌噛むよ!」
「えっ……? きゃあ!」
再び大きな力が加わり、気がつくと今度は上に大きく飛んでいた。
世界樹の蔓の力を使って大ジャンプしたアサヒは、ベヒーモスの巨体の更に上方まで飛び、今やそれを見下ろす位置関係になった。
「これなら揺れない!」
自由落下で空気を引き裂く音の中、アサヒが叫んだ。




