奪回4
それは一見平和に見え、悪いことは全て終わったかのようなシーンだった。
バリアは解除され、灰を避けて歩いてきたローマンはディアスと固い握手を交わし、二人の間で感謝と祝いと礼の言葉が交換された。ローマンがさっき捕まえたヴェルドゥの部下の処置を尋ねた。それにディアスはさりげない言葉とウィンクで答えた。
「ドリーマーズへの土産にするさ」
コンピュータールームに潜り込んだアレックスは声を上げた。
「オラオラオラオラ、あーったったった!」
怪我でもしたのか、喧嘩でもしているかのような声だが、一緒に来たドクには違うということが分かっていた。その証拠に、しばらくして機械の隙間から出てきたアレックスの手には壊れた小さな機械(片手の手のひらにすっぽりと収まる)が乗っていた。
「それ……ですか?」
「そうとも。これが我がヘルメス号を窮地に陥れせしめたシステムさっ」
アレックスの明快な答えにもまだドクは割り切れない表情でいた。
「しかし、こんな小さなもので本当にハードを狂わせて意のままにできるものなんですか?」
「できるんですよぉ? なんならこれ直して実際に見せてやってもいいぜ?」
「冗談モイー加減ニシテクダサイヨ、他人事ダト思ッテ」
ハワードの文句につい「だって他人事だろうが」と呟いたのはアレックスである。
しかし今回の「ヘルメス号奪回作戦」の中心はやっぱりアレックスであったのは認めざるを得ない。
時をさかのぼって、まだヘルメス号がパレサルガッソーをさまよっていた頃。
海賊(反乱軍)の攻撃によるハワード故障の修理中に、アレックスは見たことのない部品を見つけた。削除しようかと思ったがあまりにもハワードが反対するので(思えばこの頃すでにスネイクの意識操作は始まっていたのだ)それは諦めざるを得なかった。
しかしそれでも腑に落ちなかったアレックスは、その部品を調べ上げ、その機能は分からなかったものの弱点を見つけ出し、リモコンで破壊できるように仕上げた。むろんハワードやキャップにも言わずに、である。キャップに言わなかったのは深い理由あってのことではなく、ただ単にこんな大騒ぎになるとは思わなかったんだ、というだけのことである。
それをヘルメス号へ向かう船の中でアレックスは思い出したのだが、それと同時にもう一つ重要なことを思い出した。そのリモコンの機械をつなぎのジャケットに入れたまま、あろうことか古着屋へ売ったのだった。
「こぉの、大馬鹿野郎!」
ディアスが怒鳴ってもどうなるもんでもない。結局はまたローマンの力を借りて、まだ古着屋にぶら下がっていた作業着を取り返したのであるが、ディアスの愚痴ることしきりだった。
「しょうがないでしょう。こっちにはあちらのような人手はないんだから」
……マイクの慰めに反論できない我が身が恨めしい。
そして、それでスネークの本体を破壊し、その日のうちにハワードとこの作戦を作り上げたのだ。短時間で計画から実行までこなし、それで成功したのだからこれは幸運だったと言うべきだろう。
後日、人質となった鎖手のジョーンズがこの話を聞くと、思わずこう叫んだそうである。
「嘘だ! あのブラックボックスが破壊されるはずがない!」
それを聞いたアレックス曰く。
「俺を誰だと思ってんだ、その野郎は。メカの天才アレクサンダー様に不可能の文字があるわきゃねーだろ?」
このような何もかもうまくいっているような時間の中で、ちょっと困ったことがなかったわけではない。一時はこれで頭を悩ませた。
「誰だ、こんな風に作りやがったのは!」
「キャップですよ、いいだしっぺは」
ヘルメス号貨物室カプセル排出口では、ディアスをはじめとしてクルーとローマンが囲んでいた。
マイクとアンディがハワードに聞いて、カプセルに閉じ込められたセラを助けようと乗り込んできたものの押しても引いても開かず、ハワードの力でも無理だった……いや、そうしていたことをすっかり忘れていた。
「だから反対したんだ。カプセルを金庫代わりに使うなんてこと考えるから、こうなったんですよ」
「だって使わねーだろうが。うちにはシャトルがあるんだぜ?」
マイクの言葉に形ばかりディアスは反抗してみせた。
「誰がこんなことがまさか起こると思ってんだ? 言ってみろ」
「なんならわしが手助けしてもいいんじゃがの」
立ち会っていたローマンが口を挟む。
「2、3箇所を壊せばおんしらの仲間が助かるじゃろ?」
「気持ちはありがたいんですが」
マイクは丁寧にその申し出を断った。
「できれば壊したくないんです。資金が底をついてましてね」
「しかしマイク、こうしている間にも中のセラが……」
「いや、カプセルには生命維持装置があるから大丈夫だよ、ドク」
「あーめんどくせえ。要は中のセラを外に出したいんだろ?」
立っているのに疲れ果てあぐらをかいだアレックス。ほとんどヤケである。
「プログラム、オシャカにすれば……」
「嫌デス!」
厳しい調子のコンピューターボイスが響く。
「コレ以上私ヲ壊ス気デスカッ!」
……という具合に堂々巡りになりかけたところで、出口への光明を見せたのは最年少のアンディであった。
「あの……」
まだクルーに慣れていないせいか、恐る恐るアレックスに切り出した。
「これ、金庫ですよね?」
「そうだよ、坊や」
「坊やじゃないですって……。金庫って開くようにできてませんか?」
紙袋でも破裂したかと思うような大きな音がディアスの手から出された。アンディの言葉でハタと手を打ったということだろう。
「そうだ、そうだった。どうなってた。ハワード、どうやったら開くんだった」
「船内時間0時ニダケこんぴゅーたー制御ガ効キマスヨ。モチロン、射出スルノハ イツデモ デキマスガ」
「いらねえって。しかし0時ちょうどね。あと5時間もか」
「セラが心細がるでしょうね」
ドクが呟いた。暗く静かなところで一人きりでいるセラを思いやってのことだろう。しかしそれにはハワードが答えた。
「デモ今、せら寝テマスカラ。アイツラニ睡眠薬嗅ガサレテマシタカラ。計算デハ気ガツクノハ0時グライデショウ」
それなら会うのは0時まで引き延ばそうかということになって、この騒ぎは一旦落着した。貨物室から出て行くドクの後から追いついて、隣でつぶやいたアンディの一言が振っていた。
「会えると思ってたんだけどな」
「え?」
「この船の女神様に」
ドクはこれ以上ないくらい上機嫌に微笑んで、大きな手でアンディの肩を叩いた。すぐ後ろからついてきていたディアスも、思わず後ろからアンディの頭を片腕で抱えた。
「ま、こういうのはな」
耳元で茶化すような声をアンディは聞いた。
「じらせば焦らすほどよくなるものなんだ。得てしてな」
「遊び慣れてるだけに、すんなりそういうセリフが出る」
というマイクのまぜっかえしから、またディアスも言い返し……。
このようなコメディチックな風景の中では、全て順調と考えてもおかしくないかもしれない。
しかし、クルーたちはもちろん、ハワードさえ気づいていなかった。
それは、膨大なデータの世界、電脳世界に住み着く魔物。
ほとんど使われていないアドレスとアドレスの間に身を潜め、じっと外をうかがっている。
データの山の陰で牙を研ぐ、蛇。




