コンピューターパニック1
ノート執筆完成部分最終章です。
それが起こり始めたのは、出港直前の頃、機関室でであった。
「え? あれか?」
ハワードにスネイクを発生させた装置のありかを聞かれて、一瞬アレックスは戸惑った。
「分解して、部品の補給に使えるもんなら使おうと思ってたんだが……いるの?」
「エエ……今ドコニアリマス……?」
声のトーンに変わりはないが、どこかいつもの元気さが抜けたようなコンピューターボイスである。
「どこへやったっけなー……。とにかく見つかったら連絡するわな」
「ワカリマシタ……」
ハワードの声がフェードアウトしていく中で、アレックスの頭には何かが引っかかっていた。しかし、長い間考えるというのはアレックスの得意種目ではなかった。
「スネイクの後遺症が残ってたかな……」
とにかくその場はそこで終わった。
出港。ローマンはディアスに尋ねた。出港準備が終わり今こそわかれめ、というところである。
「これからはどうするんかいの」
「俺がか? ドリーマーズに知り合いがいるんでな。ちょっと顔を見てから、他の星系に行こうと思ってる。アラハンじゃまともな仕事は入ってこねえだろうし、アレキスの他の星じゃお尋ねもんとなっちまってるだろうしな」
「アラハンに行く気ならこれをやろう」
懐にローマンは手を突っ込むと、書状らしきものをディアスに手渡した。
「なんだこりゃ」
「アワーノ長官への紹介状。役に立つじゃろ」
「ローマン、いやサム」
まじまじと書類を食い入るように見つめる視線を外すと、ディアスは書状を返そうとした。
「俺は反乱軍に肩入れしている男だぜ? 無駄になるだけじゃねえかな」
「じゃが」
それを受け取らずにノーマンがディアスを見た。
「プラスにはなるじゃろ」
行き場のなくなった書状を片手で弄んでいたが、ちょっと書状の端をくわえて考えると、ディアスは目を閉じた。
「……オーライ」
書状を懐にしまう。
「もらっとこう」
風のごとくデッキからハッチへと入り込み、閉じていくハッチの隙間から二人は敬礼を交わした。
「また、どこかの星の大海で会おうぜ!」
「生きておったらの!」
外の世界をハッチが鈍い音を立てて閉ざす。
出港していくヘルメス号が小惑星から出て、その白銀の船体に恒星の輝きを照り返す。
ヘルメス号は再び飛び立った。
*
「行キ先ヲドウゾ」
「小惑星S55の辺りで、小惑星にカモフラージュした宇宙船とランデブーの予定だ。わかるか?」
「ワカリマスヨォ。馬鹿ニシナイデクダサイ、きゃっぷ。すねいくニデキタコトハ私ニダッテデキマスヨ」
「そうだ、スネイクって言えば」
ハワードとディアスが会話する中、ポンとアレックスが手を打った。
出港直後はほとんどのクルーが司令室にいる。今回はセラがいないが、これは仕方があるまい。
その代わりに、セラの席にちゃっかり座り込んでいるのがアンディである。いつのまにかクルーの一員として認められているが、本人には未だに遠慮らしいものが見受けられる。そんなもんはここじゃ何の価値もないんだけど。
とにかくアレックスは話を続けた。
「悪いなあ、ハワード。まぁだスネイクの本体見つかんねえんだ。いや、すぐ探す。探すからもうちょっと待っててくれな?」
「何デス? 頼ンデマセンケド」
ハワードのセリフに一瞬きょとんとしたアレックスに、マイクが尋ねた。
「何か、ヘルメスと約束でもしたのかい?」
「まあちょっと……それよりもハワード! お前、どうかしちまったじゃねーのか?」
ハワードはコンピューターである。コンピューターは人間とは違い、物忘れはない。そのコンピューターが忘れているって言うのは……言うまでもなく異常事態だ。
「シカシ、本当ニ記憶ニアリマセンノデ。ソチラガ間違エテルンジャナインデスカ?」
「お前……いつから人のせいにすることを覚えた?」
「ウチノくるーガ皆先生デスヨ」
「あ、ひどいな。私まで入れるのかい?」
「イエ、どくトせらハ違イマスケド」
「とにかく、だ」
いい加減疲れたようにディアスは取りまとめた。
「ハワードの言うことに間違いはねえだろ。アレックスの気のせいだ、それは。これで終わった終わった」
「違いやすよ! 俺は……!」
いくら喚けども聞いてはくれぬ。いかに日頃の態度が大事かという話。
*
しかし事はそれで終わらなかった。
出港してしまえばハワードの天下である。人間様はゴロゴロと勝手なことをしている。ヘルメス号のキャップは司令室にいた。いて何をしているか……言うまでもないでしょ?
ちびちびとしか飲めないのが、そしてこうして人の目を盗んでというのが癪だが、我が人生の至福の時の一つだ。ごくらくごくらく。……なんて、ゆっくりと人生のぬるま湯に浸かっている時だ。
「全くるーヘ。全くるーヘ。アト15みにっつデ小惑星H25ニ到着。タダチニ指令室ヘ集マッテクダサイ。繰リ返シマス……」
「待ったああああああああ!」
ディアスは椅子から跳ね起き(しっかり酒瓶は隠したが)大声でわめいた。
「ナンデス、きっぷ」
「それはトレインやスペースシップの切符! 俺はキャップだ! それよりハワード、てめー、今、何て言った?」
「H25ヘ到着スルンデス。基地ニ行クンデショ?」
「言ってねえっつーの」
困惑顔でいるところで、アンディを先頭に他のクルーが集まってきた。アンディはキャップに尋ねてみた。
「なんなんです、今のは。コンピューターが狂いでもしたんですか?」
「いや、そこまではいってねーと思うが……」
「しかし」「いやでも」「やはり」と小声でごしょごしょ言い合うクルー達に痺れが切れたのだろう。ハワードは猛然と抗議した
「ヤメテクダサイヨ。私ハ狂ッチャイマセンヨ、マ ス タ ー」
一瞬の静けさ。
今度は誰にもわかった。わざと言ったのではないことは明らかだった。ただ間違えただけだ。そしてそれがコンピューターにとっては一大事だった。
「ナルホド……確カニコレハ……不条理……」
ハワードは自分の言動の変なところを意識すると、考えの淵へと沈んでいった。
誰かがアレックスの肩を突いた。ふと振り向くとアンディである。
「えーと、アレックスさん」
「なんだ?」
「本当にあの機械、きれいにとったんですか?」
「あのってと?」
「あれですよ。ほら、あれ。えーと、スネイク!」
確かにその可能性を考えつかなかったのが不思議なくらいだ。ディアスが言った。
「確かにマスターってのはスネイクのセリフだ。おい、てめえ、どうした?」
「取りましたよ、しっかり。……あ、やだなぁ。自分のクルーを疑うんすか? やだなぁ、俺はメカの天才なんすよ?」
誰もそんなこと聞いてないって。その時にハワードが呼びかけた。
「……きゃっぷ」
コンピューターボイスに少なからぬ決意を感じて、ディアスは注意を向けた。
「ん?」
「只今ノ思考ノ結果、ぷろぐらむ内ニすねいくノでーたガ入リ込ンデイルトイウ結論ガ出マシタ。コレヨリ全でーたヲ分析シマス。スベテノこんぴゅーたーノ制御ハ コレヨリ手動トナリマス」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
それだとコーヒーはドクに作ってもらわなきゃなんねぇし、作業にいる機械だって大半は使えねーし、と自分の都合ばかりをアレックスあげた。しかしハワードの決意は固かった。
「迷惑ヲカケマス。シカシ、コレハ私ノ問題デス」
まだぶつぶつと文句を言うアレックスを退けておいて、他の二人はディアスを見た。アンディはその二人を見ていた。ディアスは仕方ないと考えたのか、ちょっと肩をすくめると言った。
「オーライ。うまくやれよ」
そしてコンピューターボイスは途切れた。
ここに静かに戦いの幕は切って落とされたのである。
この章が終わった後どうするかでいくつか候補を考えています。
どうあれ最終回は出す予定ですが、この章が終わった時にアンケートを取らせてください。




