乱痴気騒ぎは脱線気味5
「坊主だぁ!?」
どうやらその若い男は逆上したらしい。確かに18、9に見えるその男は65、6のディアスにとっては坊主以外の何者でもないだろう。
「人を馬鹿にするな! 俺はな! 聞いて驚け! あのシルレス市の大元締め、ウェイド・リスターの一の子分、右腕とも言われるジャック・ナイフ様だ! どうだまいったか!」
しかし、目の前の男には一向に参った様子はなかった。まじまじとジャックナイフ氏を見ると、片手をバシッと自分の額に当てて一言言っただけだった。
「……落ちぶれたなぁ、リスターのじいさんも」
「何ぃ!?」
この一言でジャックはいきり立った。
「親分をこけにする気か!?」
「……てめえみてえなガキを一の子分にするようじゃ、リスターの爺さんも落ちぶれたっつんだよ」
低い声でぼそぼそとした声だったが、そのくせ腹の底にズシンと響くような迫力のある声だった。ジャックは知らないうちに自分の足が震え出すのを感じた。
「この野郎っ!」
恐れを無理やり押し隠し、多分その名の由来であろうジャックナイフを懐から取り出すと、いきなりディアスに飛びかかってきた。と、見てとる一瞬後ナイフは空高く舞い上がり、太陽の光にきらりと光ったかと思うとディアスの手に収まり、ジャックの喉元へと突き付けられた。
「……静かにしろい」
静かで、それでいて熱気をはらむ声にジャックは押し黙った。
静かになるとどこかの酒場からブルースが聞こえてきた。そのままの体勢でディアスは目を閉じて、その曲に合わせて口笛を拭いてみせた。人を食った態度にジャックは少しむかっ腹が立った。
「て、てめえ……!」
「静かにしろって」
ディアスがぐいっとまたナイフを押し付け動きを封じると、いつのまにかブルースは終わっていた。
「ちぇっ……。終わっちまった」
ナイフが喉から離れてジャックがホッとしたのもつかの間、後ろに回ったディアスに腕をネジあげられた。
「いてててててて」
「本当は折っちまってもいいんだが、まあ、そういうわけにもいかねえ。気が変わらないうちにじいさん所へ案内してくれや」
「だ、誰がテメーなんぞの!」
まだ「俺は大元締めの一の子分」という自負が彼を支えていたらしい。
「あ、そうかい」
ごくあっさり言うと、ディアスはもっと強く腕を捻り上げた。
「いててててて! わ、わかった。案内する、案内する」
こうしてあえなく「シルス市の大元締めの一の子分」はあっさり敵の申し出を聞くことになったのであった。
ジャックが案内したのは下町のゴミゴミした建物の中でも一層ぼろさの目立つアパートだった。今までの自分の記憶の大きな違いに、一瞬ディアスはあっけにとられていた。
「……おーお、ボロ屋」
「うるせえ! さっさと来い!」
そうディアスを怒鳴りつけるとジャックは入り口に入り、地下へと下る階段を降りて行った。そして突き当たりの古びて軋むドアを開けて、中に声をかけた。
「親分! 客だぜ!」
中にいた老人は振り返ったが、ディアスがよく見えていないらしい。
「客? 今時、わしに誰が?」
今時……ね。ディアスはこっそり溜息をついた。
今時は訪ねてくるものも少ないのだろうか。掃除をこまめにしているらしいが、ボロ家の感は拭えない。この星で10年くらい前に流行った炉端のそばに座った、古着をまとった老人が言ったのだ。
「……老けたなあ……」
それは、しみじみとディアスがいうほどのヨボヨボの老人で、人間の顔をできるだけ引っ張って伸ばしてシワシワにしたものを骨の上に着込んでいるとでも言うような姿だった。
昔はその眼光に全てのものが恐れをなした目も、今は濁って見える。しみじみと歳はとりたかねぇやと思う。
リスターの近くの炉端に足を組んで座ると、ディアスは言ってやった。
「てんで知らねーやつなら、とても俺の方が年上とは思わんぞ」
「……おお、ディアスか」
近くに来て炉端の光に顔を写したからか、リスターにはそれが彼であることが分かった。10年前と変わらぬ皮肉っぽい笑顔を認め、リスターの顔は輝きを増した。
ディアスは世間話でもするように部屋を指し示しながら言った。
「しかし、これはどうなっちまったんだ? あんたはもうこの町の大元締めじゃねえのか?」
「いいや」
ディアスの問いにリスターは苦笑いをその顔に浮かべた。
「わしはまだ大元締めさ。……ただし、名目上の、だがね。今、わしを差し置いて部下どもが勢力争いに必死だ。それを止める力もない。今わしにできるのは、大元締めとして遠くからの客人をもてなすことぐらいのもんさ」
「もてなすったって」
ディアスは部屋を見渡した後、親指で指して言った。
「これでか」
「これでさ」
呆れたようにディアスは口笛を吹いた。
「何か用だったのかね」
「力を貸してもらおうと思ってな」
立ち上がりながらディアスは言った。
「しかし、これじゃ無理のようだ」
「すまんな。力になれんで」
「誰だって寄る年波には勝てねーよ」
それじゃあ自分はどうなんだ、と言われそうなセリフをはくディアスである。
ちょっと片手を上げて帰ろうかとしている時だった。
奥のドアが開いて一人の男が出てきた。そしてディアスの姿を認めると、同じく炉端に座りながらリスターに言った。
「お客人か、ご老体」
ディアスはその男を見た。
ボサボサの髪。前は目を隠すところまで来ている。服は同じスペーススーツだが、上着は袖を通さずに肩に引っ掛けている。むさ苦しくなりそうなところを口に浮かべた明るい笑いでカバーしている。頼りがいのありそうな男だ。
「おう、そうだ」
彼を見るとリスターは顔を明るくした。
「ディアスよ、この方の力を借りられよ。この人ならばきっとお主の力になってくださるだろう」
改めて二人はお互いの顔を真面目に見た。一瞬後、男はニッと笑うと、立ち上がってくったくなさそうにディアスに語りかけた。
「ご老体の知り合いか。わしはサム・ローマンちゅう……まあ、商人崩れ、半海賊とでもいうような人間じゃ。以後よろしく」
ディアスもまたニッと笑うと、彼独特の声で言った。
「マーキュリー・ディアスだ。あんたは気に入った!」
がっちりと握り合う手と手。満足そうに笑うリスター。そしてそこからはみ出たように、何が何だか分からないでいるジャックナイフ氏がいた……。




