乱痴気騒ぎは脱線気味2
ゴルゴダ。
この荒野を無数の人々と無数の無線電波がひっきりなしに行き来している。その真ん中に一つのテントがあった。
テントの色は朱色とでもいえばいいのだろうか。ゴルゴダの砂埃にまみれ、すでに元の色も定かではない。人々の声の中、このテントだけはひっそりとしていた。
どこからか人々の声がする。
「馬鹿野郎! 逃したで済むか!」
「……方面へ逃走中……」
「……追跡対応を……!」
「……空港への連絡は……?」
「……を乗っ取った!? よし、うまくやった!」
無線も雑音を発しながら次々と色々な声を伝えてくる。
「……はとっくに市街地に潜り込んだようですぜ」
「誰か、医者を! 医者を連れて来い……!」
「……こちらグリフォン。こちらグリフォン……」
「増援を頼む……」
「……さっさと行かねーか、バカ!」
そんな雑音ともこのテントの中は無縁だった。ギラギラと暑い日差しはテントに遮られ、少し赤みがかった落ち着いた光となってテントの中を満たしていた。
テントの中にあったのはひとつの長椅子だった。もっともその上に一人の男はいはしたが。その危険な猛獣は戦いを忘れ、しばしの眠りについている。
夢を見た。遠い昔の思い出。すでに心の奥にしまい込み、忘れたはずの思い出。
艶やかな女がいた。マーシャと名乗った。本名かどうかは知らないが。
彼女は娼婦だった。その街では名前も売れてるほうと言っていい。その彼女が、やつれてボロボロとなり昔とは比べようもなくなった彼、ヴェルドゥベルを拾ったのは彼女独特の気まぐれであったろうし……事実、彼女もそう言った。
『危険な目ね。相手だけじゃなく、自分さえも焼き滅ぼす炎を持った目……野獣の目……。でも、まだ死んではいない。死んではいないわ……』
ベッドの上で。彼の腕の中で。キスに彩られたそのつぶやきを忘れてはいない。
だからだろうか。自分以外は全て切って捨てられる。そんな冷たい強さと孤独さを持ち合わせた男が、時々、いやしばしば彼女の元へ足を向けたのは。
二人は客と娼婦の関係ではなかった。ならば何かと聞かれても、多分その時の二人には答えられなかっただろう。
『そんなに復讐が好きなの!?』
あるとき彼女はそう言った。
『そんなにやりたいならやるがいいさ。でもね、その力を、その強さをどうして自分や他人を不幸にする方にしか使えないの? 復讐を果たした後のことを考えたことがあって? ……そばにいたいのよ。あなたとならどんな高みへも登れるような気がするの。ただ望みさえすれば……ヴェルドゥ!』
ゆったりとロッキングチェアに座ったヴェルドゥは何も言い返せなかった。そして出て行った。彼を苦しめたものを忘れるわけにはいかなかったのだ。
次に彼女に会ったのは3年後であったろうか。迎え入れられた部屋に今までと違うものを見つけた。……子供の写真だった。
『私の子よ。アンドリューっていうの。親戚が引き取って言ったわ。私のアンディ……』
『……誰のガキだ』
マーシャはまっすぐ彼を見ていった。
『私の子よ』
何も聞かなかった。彼女もそれ以上何も言わなかった……永遠に。
目の前に墓地が広がる。マーシャは死んだのだ。つい1ヶ月ほど前だと商売仲間だった女が言った。
霧雨が降っていた。傘をさす気もなく、花を持ってくる気もなかった。黒い空と黒い土が広がる。
……子供がいた。歳の頃は五つかむっつ。一つの墓に突っ伏して泣いていた。体で遮られていたが、隙間から墓の主の名前は読めた。マーシャ・モーリンと。
しばらくそのままでいたが、ふとその少年はヴェルディに気付き、振り向いた。その顔に彼は見覚えがあった。この墓の主と似ていることは、否めなかった。
『坊主……名前は?』
『……アンドリュー。アンドリュー・ロビンソン』
少年はしゃくりあげながら彼に答えた……。
「……だろうが!」
「探せ! ……の方面は!?」
「おい! ヘルメス号を捕獲したとよ!」
静かな時は破られた。危険な猛獣は夢から覚め、身を起こした。彼の中から「昔」はとっくの昔に消え去っていた。彼に今あるのは「今」、ディアスに一矢報いようとする「今」だけだった。
部下たちはテントから仮眠を終えて出てきたボスの方に自然に注目した。
「……状況は?」
「へい、メカニックの野郎が未だ行方不明ですが、しばらくすりゃ捕まえられやす。ディアスのやつは戦車ごと吹き飛んだらしいですぜ」
「……つまり誰も捕らえていないのか」
その台詞はその部下を蒼白にさせるには十分すぎるものだった。しかしそれでも報告しようとする姿は涙ぐましいところさえあった。
「し、しかし今入った情報によりやすと、グリフォンの兄貴が船を奪い取ったそうで。ヘイ……」
ヴェルディが彼から視線の網を外すと、やっとほっとしたかように男は息を吐いた。
次にベルが見たのは丘だった。人質がいてもろともに吹き飛んだはずの丘には5~10人の男達が群がっていた。
「……死体は?」
「は?」
何も言わず目で丘を示すと、部下はやっと彼の言うことが分かった。
「ああ。今のところ死体は見つかってねーそうで。……まあ、あんだけの爆発じゃあ、五体がブッちぎれて飛んでるでしょうがね」
「生きている」
突然のボスのセリフに部下たちは一瞬唖然とした。
「奴らは生きている」
「し、しかし」
「お前はバカか」
冷たい視線をまともに食らった一人こそ不幸だろう。
「今まで無線をしっかりと聞いていたのか? ディアスの台詞の後、ちらりと聞こえた声はドクター・モーリーだ。危機一髪のところで助かったのだろう。とすると……」
ふと視線をそらし、みずか自らの考えの縁に深く沈むボスに、部下はたまらず声をかけた。
「どうしやしたんで、ボス」
「いや」
ヴェルディは頭を振った。やつのことは考えない。奴らができまでかばうとは思えん。……生きてはいないだろう。
「それじゃあ市の方へ部下たちを繰り出させて、モーリーの野郎をとらえるよう指示しやすか?」
ヴェルドゥは当然とでも言うように黙ったままだった。




