危機から逃げ出せ4
突入した3人のうちの最後、マイクロフトモーリーはどうなっただろう。
今、彼は取調室で取り調べを受けている。
部屋の中にいるのは四人。マイクと士官らしき男が3人、その士官のうちの一人が常に銃をマイクに向けている。他の一人はマイクと机を挟んで向かい合い、残りは他の机で記録をしている。
マイクのいつもと変わらぬとぼけた雰囲気とは対照的に、向かいの男は苛立ちを抑えようと苦労をしていた。
「いいか?」
士官が言う。
「もう一度だ。もう一度だけ聞いてやる。今度は真面目に答えろ。お前の名は?」
「だからさっきから何度も言っているだろうが。マイクロフト・モーリーというものだ。これからは一度で覚えるようにしたまえ」
ものすごい音とともに士官が片手の握りこぶしで机を叩き立ち上がった。思わず他の二人が押さえ込む。
「きぃすわぁむあー! 俺を愚弄しているのか!」
「何かね? お気に召さんのかい? なんならアレキサンダー大王とでも改名して差し上げようか?」
「貴様! 真面目に答えろ!」
どうして信用されないのだろう。まあ、当たり前か、とマイクは思った。
20年前に姿をくらまして以来、公的には海賊に襲われ死亡となっている身だ。自分自身もその方がマスコミから逃れられるからと思い何のコメントもしなかったし、それ以後論文を出したこともない。暇つぶしに書いてはいるが、すべて仮名である。まあ、このような商船のマネージャーが大学者だと言っても信用しないもんだよな。とは言っても今さら嘘をつく気にもなれない。
隣で銃を握っている士官も、埒が明かないと思ってか口を挟んだ。
「中尉殿。同姓同名ということもあります。先に他の質問に移られた方が宜しいかと思います」
「うむ」
言われて中尉は渋々と次の質問に移った。
「……まあ、マイクロフト・モーリーで通してやるとして、でぇー、年は?」
「今年で46になる」
「こら!」
「は?」
「俺でも36なんだぞ。俺よりも若造のお前が、46なわけないだろう!」
「あ、ご存知ない。スペースマンは一般より老化が遅いんですよ。よほど惑星上での勤務が長かったと見えますが」
「おい、それはどういう意味だ」
「わからなけりゃ別にいいんです」
二人の漫才のようなやり取りを真面目くさった顔で一つ一つ書き留めているのはやはり至難の技なのだろう。静かに書き物をしていたもう一人が口を挟んできた。
「あの、中尉。次をお願いします」
即されて咳払いをした後、次の質問に移った。
「で、今までの経歴は?」
「ポセイドン星系ロプロスのロデムでバベルJrの子として生まれて、すぐに両親と死に別れた後叔父祖母に引き取られ、学校では飛び級を繰り返し、16でヒューマニア星系ラドラスのディーンオーク大学に入学し、22の時に『異次元通過移動論』、24の時に『クォークエネルギー論』、26の時に『クォークエネルギーによるロケットの製造の可能性』を打ち立てたが、パラディア星系に向かう途中で海賊に襲われ、これまでかと思ったがなんとか命だけは助かり、その時の恩を着せられヘルメス号に乗り込み、現在に至る。以上終わり」
「……そりゃあ途中までは、Drモーリーの経歴じゃないのか?」
「だから、僕がそのDrモーリーだ」
「貴様、いい加減にしろ!」
怒鳴られてもマイクは少し首を引っ込めたぐらいで、たいして怖がってもいない。
そこへ一人の士官が入ってきて中尉に言った。
「F中尉、H“大佐”がここへやって来られるぞ。その捕虜に会うそうだ」
「? H中佐の間違いじゃないのか?」
「いや、さっきあちらさんから命令が出てね。正式に決まってはいないがこれからはそう呼べとさ」
「へぇー」
二人はまだ話を続けそうだったが、一人の男が下士官に付き添われて入ってきたのでやめてしまった。マイクはこの男を知っていた。司令室内で一番高いところに座っていた人間である。
「大佐」が入ると部屋が狭いため、銃を持っていた男と伝言に来た男が部屋から出て行き、座っていた中尉は大佐に席を譲った。
「尋問は?」
大佐が尋ねる。
「それが、自分のことをマイクロフト・モーリーだというのです。小官等をからかっているか、それとも狂っているのではないかと思われます」
「狂っているとは何事だ」
マイクが口を挟む。
「僕の頭脳がそんなにやわなもんか。いやしかし、精巧な機械ほど壊れやすいと言うからな。この頃ディアスの影響をもろに受けているし」
「おい、何を一人でブツブツ言っているんだ。大佐の面前で失礼だろうが」
「中佐だろぉ? 間違えちゃいけないよぉ」
なおも食い下がろうとする中尉を手で遮って、H「大佐」がマイクに話しかけた。
「貴様は自分のことをDrモーリーだと言っているようだが……本物だとでも思っているのかね?」
「僕は誰かと違って名前を途中で勝手に変えたりはせん」
H「大佐」を皮肉っていることは誰の耳にも明らかだった。大佐の顔が怒りで青白くなって行く。それを察してか「大佐」についてきた士官が、彼が怒鳴る前に言った。
「モーリー博士とおっしゃるなら」
相手の余裕綽々の態度に、マイクは少し驚いた。
「ご存知ですか? あなたの書かれた『クォークエネルギー論』、あれの間違いが指摘されたことを」
「知らいでか」
落ち着いた様子でマイクが言う。
「あれを指摘したのは僕だ」
「冗談もいい加減にしろ! あれを指摘したのは、アーサー・ジェームス・ディアスと言う学者で……」
「正体不明。そうでしょう?
そうでしょうとも。あれは僕の仮名だ。公的に死んだことになっている人間が自分の間違いを示すのに、自分の名で書けないっていうのは情けない限りだけどね。
おや、信じていないのか。よくその学者の名を調べてごらん。それはウチの船員の名を張り合わせたもんだよ」
確かに。しかし、偶然同じであるということも考えられるのである。H「大佐」はその士官の方を睨んだ。しかし士官は切り札を持っていた。
「ですがね、博士。その後の『製造の可能性』にも説明の合わないところがありましてね。もちろん、A・Jディアス氏の説を借りてでも、です」
それは明らかに挑戦だった。事ここに至ってやっとマイクは、最初から素直に嘘をついていれば良かったと思ったが、今更後に引けない。
「……それはどんなことです?」




