危機から逃げ出せ3
数時間後、目を覚ましたH中佐が最初にしたことはK少佐を営倉にぶち込み、階級を二つ下げたことであった。……わめくK少佐に同情の目を向けたものは、H中佐を除くほぼ全員であった。
そして次に、その後の報告を副官の一人でやるD少佐から受けた。
「吾輩は知らんぞ、サブコンピューターなど」
「ですがH中佐、中佐はご存知のはずですが」
「 知らんものは知らん」
きっぱりと言い放つ上司に、少佐は少し困った顔をした。
「しかし確か中佐がこの艦にいらっしゃった際に、機関長が差し上げました書類に載っていたはずですが」
中佐はそう言われ、机の中を探してみた。書類を取り出すのには何の苦もなかった。目次には確かにサブコンピューターについての項のページ数が載っていた。
「いや。ないぞ、少佐」
素知らぬフリで机に書類を戻す中佐に、D少佐は説明を始めた。
「この船にはメインコンピューターとサブコンピューターがあります。サブコンピューターが動くのはメインコンピューターの停止時と今回のような非常時です。
まずメインコンピューターは司令室にありますカメラのモニターから非常事態発生を判断し、サブコンピューターに告げます。サブコンピューターは今回の事態を分析しD236の睡眠ガスを噴射したというわけです。
何かご質問は」
「今はない。機関長に三日間の謹慎を命じる」
*
一体ヘルメス号の乗組員はどうなったのだろう。
まずはハワード、そしてセラ。
ハワードは動けないから当然として、セラも一緒にヘルメス後に残っていた。
セラはその力で敵の銃を使用不能にしていたのだ。しかし随分と疲れることなので、敵と戦う事など無理だろうということで、ヘルメス号に残ることにしたのだ。
「……嫌な予感がする……」
セラがつぶやいた。力を使っているせいか少しふらふらしているので、椅子に座っている。
「大丈夫デスヨ。アノ3人ナラ ウマクイキマスッテ」
「うん。そうなんだけど……。なんだろう……なんだか頭が重くて……」
「疲レテルンジャ ナイデスカ?」
そんなことを話してる時だった。
「敵艦接近!敵艦接近!コチラヘ他ノ船ガ接近シテキマス。すくりーんニ投影シテミマス」
メインスクリーンに映し出された船は、ヘルメス号に近づくと突然黒い塊を放出した 。
網? そうセラが思ったのも一瞬だった。
スクリーンが網目を通して船を映し出しだと思うのもつかの間、スクリーンに大写しにされたあみが火花を散らし、それと同時にスクリーン、そしてその他の機械類からもバチバチと火花が飛び出し、セラに襲いかかった。
「うわっ!」
「電気ねっとデ電流ヲ流シテキマシタ! 非常事態! 非常事態! めもりーちっぷ、メモリーリーディング、 OK 。全作動装置停止……」
ハワードの言葉は最後になるにつれてゆっくりなり、ついに止まった。セラもまた、白き衣に焼け焦げをつけて気を失い、倒れた。
兵士たちがヘルメス号の中に踏み込み、セラを見つけたのは約10分後のことだった。
「おい、おい」
兵士の一人がセラに気づいて、仲間の一人を肘で小突いた。
「なんだ?」
「女がいる」
「女ぁ?」
彼らは寄ってみると、まじまじとその顔を見た。まあ、男か女かわからないような顔立ちをしているから間違えられても仕方がないが。
「……おい、こいつ、ジプシーじゃないのか?」
一人がふとそういった。
「え? まあ、それは、白い服は着ているが」
「おい、こっちに杖もあるぞ。輪が二つ付いている」
兵士たちは突然沈黙に陥った。
「死んでないだろうな」
「殺したら大変なことになるぞ。ジプシー殺せば七代祟るって言うじゃないか」
「小さい頃ばあちゃんが、ジプシーに会ったら機嫌を損ねるようなことをしちゃ駄目って言ってたんだよな」
「パレ・サルガッソーの近くなんだから、ジプシーが乗ってたって不思議じゃねえんだよ。それをあの悪口製造機が」
「そんなこと言ってる場合じゃないぞ。どうする? 報告するか?」
彼らはお互いの青い顔を見合わせた。
「……やめておこうぜ。上司に逆らうのも嫌だが、ジプシーに手を出して不運が舞い込むのも嫌だ」
「じゃあ、見なかったことにするか」
「そうするか」
そう言って早々に兵士たちは出て行った。片手で魔除けの呪いをしながら。
というわけで、ハワードは壊れたまま作動を停止して突っ立ち、セラはそのままヘルメス号の中で倒れている。
では、突入して行った3人のうちの一人、アレックスはどうしているか。
眠ったままの彼はさっきのものすごい戦いぶり(というよりあれはケンカぶりだな)では逃げられると判断され、拘束服に片足に重しを付けられた上、ドアの前に2人の屈強な兵士を置かれてしまった。
20分もすれば目が覚める。目が覚めれば。
「こら、出せ! 出さねえか、この」
どんどんどんどんどどどどどん
「バッキャロー! こんなことしやがってただじゃおかねーぞ! てめえらのアンヨ引きちぎって、逆立ちで歩けるようにしてやらぁ!」
どんどんドスンドスンドスン
……みはりの二人の兵士は知っていた。このドアがめったなことでは破られないことを。……しかし、今ここで立ちながら、もしかしたら滅多なことがあるかも、という考えをむくむくと育てていた。
突入していった3人のうち、目覚めてから悩みっぱなしだったのはドクだった。
結局、とにかくいつまでも頭の中では悩みが解決しないと思い、廊下を巡回中の兵士を呼び止め、頼むことにした。
「はぁ?」
言われた兵士がまずしたことは、こう言ってきょとんとすることだった。
「今更とお思いでしょうが、気になってならないんです。どうかその筋の方へ……」
「馬鹿を言え。そんなこと言われて、『はい、そうですか。それならお出しいたしましょう』という馬鹿がいるわけないだろうが」
神妙に言うドクのセリフは兵士に一括されてしまった。
「しかし、気になるんですよ……」
なおも食い下がるドクに、兵士は呆れたように言った。
「そんなに気になるくらいなんなら、殴らずに大人しく降伏してりゃ良かっただろうが」
「いや、あれは仕方がなかったんですよ。キャップを助けるためでしたから。私だって一応手加減して1ヶ月や3ヶ月で済むようにしたんですが、アレックスは手加減という言葉を知りませんから」
「とにかく。加害者に被害者を任せるほどこの船の医療設備はおとっちゃいねえから」
「……はい、そうですか。失礼いたしました……」
兵士の遠ざかる足音を聞きながら、ドクはため息をついた。
こうしている間にも苦しんでいる人たちがいるのだ。いくら海賊自分たちに危害を加えようとしたとはいえ、やはり人の子。生きる権利が十分にあるのだ。今回の戦いで何人が死んだんだろう。自分は医師であるのに何をしているのか。
……それを思うとまた、ため息が出るドクであった。




