攻撃1
やはりまだ早かったのかもしれない、とセラは思った。そう思ったのは既に遅かったけれども。
仕事のないときにジプシーが宇宙船内でやることと言ったら、だいたい相場が決まっている。
修行。これだけである。
惑星上と宇宙に漂っている時では効率が違うのかよくわからないが、暇な時間をいっぱいに使って瞑想にふけっている。
まあ無趣味だからとも言えなくはないけれど、実際地上なら薬草を探して薬にしたり、その薬草をまちのくすり屋に売ったり、風火水土の万物と心を交わしたりできるが、ここではそうはいかない。
この時、セラはいつもとは違った方法を押してみようと思いついたのだ。
いつもなら、そのまま心を人のレベルから動植物のレベル、風火水土のレベル、惑星恒星のレベル、星雲のレベルまで広げていって、ついに大宇宙のレベルに至る方法を取るところだ。
しかしもう少しレベルの進んだ人、輪を三つや四つ持つ人は、かえって心の奥へと進む。表層意識から無意識の底へ。その無意識の一番奥底が大宇宙へとつながっているというのだ。
この方法は楽なようでいて難しい。途中で妄想や夢に絡め取られてしまって、底の方まで行きにくいのだ。
でもって、セラもやはりそうなってしまった。
“まいったな……。どうしよう……”
まるでコーカサス山に縛り付けられたプロメテウスのような気分で、セラは呟いた。
底へも行けず、表面にも行けない、誰かが現実世界のセラを起こさない限り。
しかし修行中は誰も邪魔をしないというのは暗黙の了解になっているから、それも望みは薄いだろう。
“とにかく、まず心を静めよう。すべてはそれから”
不安に合わせて妄想達も動く。
セラは光を思った。
光。それに伴う平和。
絹の織物、豪華な羅紗で心を包み込むように優しく。夏の太陽の光が人たちを抱きしめるように強く。
セラを縛る手枷足枷は外れた。セラはゆっくりと表層意識へ浮かび上がろうとした。助かったという安堵が心を満たしていた。
その時。
“―タスケテ―”
何かがセラの心をよぎった。
それは悲しく、辛く、苦しそうな女性の声。
“誰? どこ?”
“タスケテ”
何かがせらの心の中に浮かび上がった。
それは六つの物体で、最初は何かもやもやしていたが、次第にはっきりとしてきた。
助けを求めているのは美しい女性だった。そのこげ茶色の瞳には涙が溢れていた。
頭を守っている美しく長い銀の髪を、隣にいるドラゴンがすでに6割ほど食い散らかしていた。ドラゴンはその髪を食べて太るようだ。
近くにもう一匹ドラゴンがいた。それは女性の髪を食べているドラゴンに攻撃を加えて、それに取って代わろうとしていた。
攻撃をかけられたドラゴンは土を蹴り上げた。空中に舞った土は小さな悪魔となり、もう一匹のドラゴンと戦った。悪魔の中には女性に攻撃を加える者もいた。
女性が苦し紛れに見た方に、一人の騎士がいた。
まだ若く、女性への尊敬と忠誠の念を溢れさせていた騎士は、二匹のドラゴン、そして悪魔たちに立ち向かうが力が足りず、かえって傷つき、苦しんでいる。それでも騎士は戦おうとしている。
セラは、攻撃をしているドラゴンの右手のバラのつるに気がついた。それを辿っていくと一匹の大蛇にたどり着いた。大蛇から伸びたバラのつるはドラゴンに、大ヘビの尾は騎士の足に絡みついていたが、どちらもそれに気づいていないようだ。
“タスケテ!”
女性の叫びに応じたように、何かがセラの横から飛び出していった。
かぶとをかぶり、翼をつけたサンダルをつけ、二つの蛇が絡み合い翼のついた杖を持つ男。ヘルメス神かもしれない。
ヘルメスは薔薇の絡まったドラゴンに一太刀浴びせると騎士の元へ行き、足に絡みついた蛇の尾を切り捨て騎士を助け起こした。
ヘルメスから一太刀浴びせかけられたドラゴンは怒り、二人へ向かって行こうとしたが途中で止まった。右手に絡まったバラのつるで動けなくなったのだ。それどころか右手が勝手に動き出し、自分の首を掴むと引っこ抜いてしまった。その首の無くなったドラゴンの体に大蛇が近づき、自分の頭をドラゴンの首の上に載せ、自分の体にしてしまった。
ヘビ頭のドラゴンは女性といっしょのドラゴンに近づいてきた。ドラゴンはヘビ頭に向かい悪魔たちを放ったが、ほとんどは急いで逃げたり、一部にはかえってドラゴンに向かって攻撃するものもできてきた。
するとドラゴンの尾が急に光り、その光がドラゴンから分離した。その光は騎士とヘルメスのもとへ行くと、光る刀へ変化した。
ヘルメスと騎士はその刀を使い、女性のそばにいるドラゴンを倒した。その美しいこげ茶の瞳は二人を見る。
そして二人は女性をかばうように、ヘビ頭ドラゴンとの間に立ち敵と向かい合った……。
「……せ……ら……。……せら……。……せら!」
そこはいつもの個室だった。
そうか。現実世界に戻ったんだ。
そう認識すると同時に耳に飛び込んできたのは、彼の名を呼ぶコンピューターボイスだった。
「なんだい、ハワード?」
「ア、ヤット戻ッテキタンデスネ。呼ンデモ心ガドコカへ行ッタママ戻ッテコナカッタカラドウシヨウカと思イマシタヨ」
「ハワードが呼んでくれたから戻ってこれたんだよ。何かようかい?」
「エエ、モウスグぱれ・さるがっそーニ近ヅクノデきゃっぷガ呼ンデ来イッテ言ッタンデス」
「うんわかった。すぐ行くよ 」
セラは返事をすると、今まで座っていたベッドの上から降りた。
セラはあのこげ茶の瞳、銀の髪の女性を思い出した。忘れるには美しすぎた人。船長が見たらどんな反応するだろう。
“タスケテ”あの言葉は。あの映像は。
僕の妄想だろうか。それとも……。
*
司令室に集まっていたドク、マイク、ディアスは突然揺れた船体の振動に足をとられて、ことごとくひっくり返った。
「バッキャロー! 何しやがんだ!」
「ヘルメス、現状報告」
怒鳴るディアスに、冷静なマイク。
「3時方面カラ現レタ戦隊カラノ砲弾射撃デス。貨物室外壁ニ命中シマシタガ航行ニ異常ハアリマセン。ア、九時五時方面カラモ戦艦ガ接近シテキマス」
「おいこら! ふんぞり返ってるだけで何もしない指令室!」
機関室にいるアレックスの姿がインナービジフォンに浮かび上がった。
「一体何があったんだ!? 突然ヘルメス号がエアロビクスでも始めたのか!? 俺は機械と心中なんざごめんだぜ!」
「……似合ってるぞ」
「キャップ、そりゃねーよ。何があった」
「たぶん、ここいらでたむろしている海賊だろうさ。一緒にダンスで踊りたいってよ」
「そうかい。ならこちらも、バルカン砲のタップダンスでも踊らせてやろうや」
アレックスがそういうが早いか、通信が切れた。
「アレック! アレック! ……まったくもう、厄介事と聞くと目の色を変えて仕事ほっぽり出しちまうんだからな」
「本当に。誰の影響でしょうかね」
「いや、やつは最初からそうだったんだぜ、マイク」
「じゃあ、自分に似てるから雇ったんですか、キャップ」
「まあまあ。そんなこと言ってる場合じゃないでしょう? ……わぁっ!」
そんなことを言い合う3人を再び振動が襲った。
「5時ノ戦艦ヨリ発射。損傷ハ以前ノモノト同ジデス」
「全宇宙交通部コンピューターにアクセス。船団の特徴を照合し、正体を探れ」
マイクの指令を受けてハワードが作動したところで、セラが司令室に駆け込んできた。
「船長どうしたんですか」
「俺はどうもせんさ。ただヘルメス号が正体不明の船団に襲われているだけでな」
その時、困惑したようなハワードの返事が返ってきた。
「駄目デス。でーたべーすニハ登録サレテイマセンデシタ」
「それこそ正体不明ってわけですか……」
ドクのつぶやきとともに一瞬、指令室は沈黙に襲われた。
「……キャップ」
マイクは真面目な顔でディアスの方に向き直って言った。
「ご指示をお願いいたします」
「決まってるだろうが」
ニヤリと片頬を崩してディアスは笑った。
「今までヘルメス号が横っ面を張られて黙ってたことがあったかよ」
全員の中にフッと苦笑にも似た笑みが浮かんだ。ディアスの指示が飛ぶ。
「戦闘準備!!」




