きつねとたぬき2
「……あー……と……。それじゃあ……」
長い沈黙のあと、一人が言った。
「じゃんけんにするか? それともくじを作るか?」
「……くじにしようか」
他の一人が言った。
「この前じゃけんだったからな」
「誰がくじを作るんだよ」
5、6人の人たちの間に気まずい雰囲気が流れる。
「……俺が作る」
くじにしようと言った隊員が言った。
「誤魔化すなよ」
「全部に印をつけて最初にやった奴に擦り付けるような真似はするなよ」
「……わかってるよ」
5、6本のこよりを作り一つの端は赤くすると、そちらを片手で握って隠し、他の隊員に示した。
「さぁ。最初は誰がやるんだ」
誰も手を出さない。誰も声を出さない。ただ、目だけが周りを探っている。
「……俺がやる」
全員の視線がその人に集まった。
隊員は恐る恐ると手がくじへと伸び、つかむと目をつぶった。そしてそのまま一気に引く。
……赤の印はなかった。
全員の口からため息がこぼれた。引いた本人は安堵して。そして他の人は、これで自分に当たる確率が高くなったのだと理解して。
「次……俺だ」
2番目に名乗り出た隊員は、1番目の隊員の時ほどの視線の痛さを感じずに、しかしやはり緊張してくじを引いた。
くじの先端は……赤かった。
周りの隊員はほっとしていたが、引いた当人は愕然としたままくじに見入っていた。
「それじゃあ、今回の報告もロビンソンに決定だな」
「しっかり頼むぜ」
「たとえ怒らせてもこっちにまで回すようなバカするなよ」
「なんで俺なんだ!!」
当たってしまった隊員は無駄な抵抗を試みた。
「前回だって俺だったし、もう二桁以上も報告に入ってるんだぞ。他のやつが行けばいいじゃないか」
「いやいやこの仕事はやっぱりロビンソンにしかできないよ」
「運が悪かったんだよ、運が」
「たのんまっせロビンちゃん」
「それじゃあ皆、解散」
「おい。おいこら、待て」
呼びかけもむなしく仲間たちは責任を押し付けたまま解散していき、ロビンソンはポツンと一人だけ通路に取り残された。
アンドリュー・ J ・ロビンソン。
歳は22。ただ、童顔なので15、6に間違われてしまうことが多い。それを本人も気にしていて、意識的に一人前の男らしい振る舞いをするのだが、姿と振る舞いのアンバランスさが妙に仲間たちに受けているということにまだ本人は気づいていない。
ロビンソンは結局、隊長の部屋の前に来た。どうせ嫌なことならさっさと終わらせてしまおうと腹をくくったのだ。
ノックをしようとして服装の乱れに気付いた。嫌な思いをする材料は減らした方がいい。手早く直して、ノックをした。
「誰だ」
低い無愛想な声が聞こえてきた。
「R軍曹です。報告に参りました」
「入れ」
自動ドアが開いて、ロビンソンは隊長の執務室に入った。無味乾燥を文字通り再現した部屋の中に、一人の男が背を向けて椅子に座っていた。
見向きもされないまま、ロビンソンはさっと敬礼をした。
「 V大佐。ただいま、出航準備完了致しました」
「……」
大佐は何も言わない。
聞こえなかったのだろうかと思って何度も言う人間もいるが、それはかえって虎の尾を踏むようなものだ。これでしくじって降格処分になった人間はかなりいる。
こういうことに慣れているロビンソンは、こういう時には大佐が何か言うまで黙って待ってるに限るということを知っている。
V 大佐はふと振り向くと、根気よくそこに立っているロビンソンに気がついた。
「……なんだ。まだいたのか」
「……はい」
何言ってやがんだ。「帰ってよろしい」という前に帰ったら、あの冷笑と鋭い視線の餌食になるってことぐらい知ってんだぞ。
「帰っていいぞ」
ほっとしながらもう一度敬礼して出て行こうとするロビンソンに、声がかけられた。
「待て」
恐怖に胸が鷲掴まれた。
おい、俺は何かヘマをやらかしたか? いや、別に余計なことはしていないし、大佐の指示にはちゃんと従っているぞ。態度だって生意気にならないように心がけたつもりだ。……なら、心配するようなことはないな。
「はい」
ロビンソンがかろうじて返事をする間に、大佐はメモに何か書きつけると R 軍曹に差し出した。
「これを指令室のS少佐に渡せ」
「は、はい」
「それから」
手渡されたものを受け取ったロビンソンが、ふと視線をメモから V 大佐に戻した。
「今回の航海の貴様の部署だが、俺の専属ということにした。その旨を上司に伝え、出港までには戻ってこい。行け」
「……はい」
やっとのことで外へ出たロビンソンは、こう叫び出すのを我慢しながら指令室に向かった。
『もう絶対くじなんかするものか!!』
R 軍曹がそんなことを考えているとは露知らず、 V 大佐は先ほどの“アレキスの黒薔薇”ローザの会話を思い出していた。
「あなたは彼らの部下じゃないわ。いまだかつて海賊ヴェルドゥが、誰かの部下でやったことがあって?」
いいや、ない。
俺はいつでも自由だ。俺以上、それどころか俺と対等のやつなど、この宇宙にはいないいないはずなのだ。
「大したことをする必要はないわ。さしあたっては、あなたの隊の行動予定を教えてもらえれば。もちろんあなたに危害は加えないわ」
これで上層部とか言う奴らも、泡を食って慌てふためくだろう。バカのくせに俺の上に立とうとするから、こうなるのだ。
「ヘルメス号だったかしら? そちらの方はあなたに任せるわ。何ならこちらの部下を貸してもいい。その船の船長と遺恨があるんですって? もちろん邪魔をする気なんかないわ。反乱軍の方々とは違って、私たちは契約はしっかり守るタチなの」
俺がいなくても奴らが航路をたどれるように指示は与えておいた。
やっとはっきりさせることができる。やつと、俺と、どちらがより上等な人間であるかを。
V 大佐は椅子から立ち上がると私室へと下がり、ベッドに倒れ込むと少しの間に眠りの淵に落ちていった。




