きつねとたぬき3
鏡に一人の男が映っていた。
反乱軍の制服に身を包んでいるが、服の生地が他のものとは違い、高級品で出来ていることは一目でわかる。
頭髪も普通の軍人とは違い、まるで社交界の一流紳士のようである。
そしてこれは鏡には映らないのだが、一流と言われるオーデコロンをつけている。胸につけた階級章は中佐を示していた。
鼻の下の髭も整えられていて、本人は割と洒落ていると思っているらしい。
彼こそ、今回ヘルメス号への作戦指揮をすることになった H 中佐である。
今、中佐は少し興奮している。傍目で見ててもよく分かるほどだ。無理もない。今回の作戦が彼にとっては最初の実戦なのである。
部下たちの話の中から彼の代名詞を取り出して並べてみると、
「お偉いさんの腰巾着」
「猫野郎(これは偉い人たちを飼い主、自分たちをネズミとしている)」
「人の成果を横取りする泥棒野郎」
「陰口製造機」
「ライオン毛皮のロバやろう」
「お偉いさんの男妾」等々とあり、ここにはとても書けないような表現の言葉はもっとある。
人気のなさは反乱軍で1、2を争う。まあ、本人はそんなことは気にもかけていないようだが。低級な奴らが何を言おうとたいしたことではないとでも思っているんだろうか。
軍隊入りしてから8年。異例のスピードでここまで駆け上ってきた H も、ここ数年は息切れがちであるらしい。3年ほどずっと中佐のままである。 H は焦った。
お金も随分ばらまいた。しかしそれでやっと返ってきたのは、昵懇にしている上層部の人間の一人からの忠告だった。
「大佐になるのは難しいよ、君。それでなくても君の出世を妬む者が多いのに、またここで大佐にしたら我ら上層部への批判が厳しくなるでな。どうしてもと言うなら実績をあげたまえ、実績を。そうすれば反対の声も少しは静まり、スムーズに大佐になれるだろう。まあ、せいぜい頑張りたまえ」
それ以後 H はチャンスを待った。そしてチャンスは来た。
V 大佐の任務の失敗を耳にするとすぐさま上層部へと働きかけ、あることないこと V 大佐の陰口を吹き込み金をばらまき、やっと手に入れた機会なのだ。
任務自体は貧弱な商船を襲うという海賊まがいの内容だが、何、今必要なのは任務を果たしたという実績なのだ。せいぜい派手に自分の存在を知らしめなくてはならない。
副司令官であるK少佐が H 中佐を尋ねてきた。幕僚会議の結果を報告に来たのだ。
自分で寛大だと思ってる H 中佐は、何かことがあるたびに会議を開かせ話合わせている。だが、その意見を取り上げたことはただの一度もない。
「K少佐」
十分手間暇かけて整えたような眉をちょっとひそめると、 H 中佐はK少佐の説明を遮って言った。
「それはこれまで V大佐が行ってきた方法と同じではないのか?」
「はい」
おや、この中佐でもそういう軍事面の知識が多少なりともあったのか、というような顔でK少佐は H中佐を見た。
「その通りです。技術的に見て、これ以上成功率の高い方法はありません」
パレ・サルガッソーに入ると自動統制システム、コンピューター等すべてが作動停止してしまう。それに気づき手動に切り替えが完了するのに要する時間が30マイクロ。その間にレーザーで船の機関室を撃ち抜き手動も利かなくさせる。同時に通信も切れる。攻撃には注意を要すること。爆発しては元も子もない。侵入する前に必ず睡眠ガスを流入。あとは外壁をはがし、トルトニウムを積み替えるのみ……。
「いかん。いかん、いかん、いかんいかん」
H 中佐は頭を振った。 V 大佐と同じでは上層部への心証が悪い。
「どうして君らはそのような前時代的な考えしか浮かばんのだろうね。パレ・サルガッソーの力を借りなくては何もできんのかね、君たちは」
「と、言いますと……」
「今回私は、良い計画を考えているのだ。私の手の中で、その……ヘルメス号かね? その船は華麗に美しく沈むことになるよ。もちろん、今回はパレ・サルガッソーの出番は無しだ」
少佐は、満足げに笑う中佐を心配そうに見ていた。
「さて……どのように料理してやろうか……」
とはいうものの。
そう簡単に料理されるような船ではないのである。もちろん。




