きつねとたぬき1
旧テラ系の人間の体内時間は、ラドラス宇宙ステーション暦で言えば約12アワーズ48ミニッツである。
だから旧テラ系が主に乗っている宇宙船の船内時間は、ラドラス宇宙ステーション歴12アワーズ48ミニッツを1日とし、それを12等分して1アワーズ、それを60等分して1ミニッツ、それをまたまた60等分して1マイクロとして用いられている。
ややこしいけど、それが常識なんだからしょうがない。
今はヘルメス号船内時間で1アワーズ30ミニッツ。ハワードを除いて全ての人間が寝ているはずである。
寝ているはずなのに。
それじゃあ今、電気もつけずに喫茶室に忍び込んできたこの物体は何なのだろう。戸棚と言うと棚をあけ、中を探し回っている。
泥棒? ここは宇宙を飛んでいる宇宙船の中だぞ?
いきなり電気がつけられた。物体は、探したものを確保したところで明かりに照らされた。
「……何やってんです、キャップ」
眠そうな声で聞くマイクに、ディアスは酒瓶を抱えて尋ねた。
「……なんでここに来たんだ」
「ウチにヘルメスがいることをお忘れなく。“喫茶室に侵入者あり”って知らせで叩き起こされた身にもなってくださいよ、傍迷惑な……ふあぁ」
大きなあくびをしながら言うマイクを見て、ディアスは呟いた。
「だぁからブレーンコンピューターなんぞ、俺は反対だったんだ。なんでもかんでも知らせちまうんだから……」
「で、何やってたんです」
「別にぃ? 何もぉ?」
「酒ビン抱えていうセリフが“別にぃ? 何もぉ?”ですか。まぁ、大体のところは予想がつきますけどね」
マイクは相手の抵抗を無視して酒瓶をディアスの腕から引っこ抜くと、元の戸棚に戻した。
「うちの船の不文律の“酒の私有は認めない”っての決めたのってキャップでしたよね。その本人が破っちゃいけないなぁ」
「この船は俺の船。ここのクルーは俺のクルー。なら、この船の酒は俺の酒じゃねえか」
「その論法で行くと、船の金はキャップの金、クルーの女はキャップの女ってことになりそうですね、冗談じゃない。なんなら船内会議にかけたっていいんですよ?」
「それがどうした。俺はこの船の船長だぜ?」
「あ、まだ自分の立場がわかってないんですね? 会議にかけられたら、まあ、この仕事が終わるまでの禁酒は免れないでしょうねぇ。それでもいいんですか?」
禁酒。
酒と女と博打と喧嘩が命のディアスにとって、この二文字はきつかった。ディアスは今までのしらばっくれの態度を変えると、マイクの機嫌を取り始めた。
「マイク。マイクロフト。モーリー博士。頼む。黙ってろよ。礼に仕事が終わったらいい酒場に連れてってやるからよ」
「遠慮しておきますよ。その代わり、僕の要求を飲んでくれたら考えてみてもいいですかね」
「なんだ、その条件ってのは」
「まあ、椅子に座ってくださいよ。立ってるのと床に座ってるのとじゃ、話がしにくい」
マイクがそう言ってもディアスがなかなか床から立とうとしないので、しょうがなくマイクも床に座った。
「ディアス。あなた、何か僕に言わなくちゃならないことがあるんじゃないですか」
「いきなりディアスときやがったな。まあ、酒でも飲みながら話そうや、プロフ。ブレインコンピュータ、ブランデーグラスに何か入れて持ってきてくれ」
マイクは少し話をそらされたような気がして拍子抜けしたが、気を取り直してグラスを手にした。
「言わなくちゃならないことがあるでしょう」
「なんだい、そりゃ。俺は別に覚えはねえぜ?」
「嘘をおっしゃい」
喉を潤そうと一口酒を飲んだマイクだったが、途端にむせ返り言葉が続かなくなってしまった。なんとか収まると、それ以後は口もつけずにグラスを脇に押しやって言った。
「反乱軍への差し入れってのは、トルトニウムなのかい?」
次に咳き込むのはディアスの番だった。
「なんだなんだ。どっからそんな考えが湧いて出た」
「根拠その1。僕らは武器を輸出するのだと思っていたが、ディアスは一度も武器を差し入れるとは言っていない。それどころか、そうみんなが思ってるということをすっかり忘れていた。本当に武器なら、それが相手に漏れたのではないかという考えはディアスからいの一番に出てただろう。
その2。セラからトルトニウムが原因で襲われるのではないかという意見が出た時の慌てぶり。しかもそれについて心当たりがあるというのは、ヘルメスのお墨付きだから言うまでもない。
その3。今、アルゴム、アレキス星系方面にトルトニウムを狙う海賊が出没している。従ってその方面にはトルトニウムは少なく、ジョンソナエネルギーの供給も減少してると考えていい。エネルギーの供給が減少して困るのは、政府軍も反乱軍も同じだ。今どちらを選ぶと言えば、彼らは迷わず、武器ではなしにトルトニウムを選ぶだろう。
その4。トルトニウムを差し入れるのだと考えると、どうしてそうはっきりとディアスが言わなかったのかという疑問が解けてくる。確かに、自分が商売として引き受けた商品を勝手に他の所へやるなんて言われたら、僕は絶対に反対するだろうからな。
その5。さっき僕の考えをズバリと言った時のディアスの態度。あれでかえって自分の意見の正しさを確信したよ。
まあ、みんな状況証拠ではあるが、正解の確率は高いと思うね。以上証明終わり」
「……お見事」
ついもらしたディアスのつぶやきを、聞き逃すマイクではなかった。
「今のは、僕の意見を認めたと考えていいのかな?」
「いや、そうじゃねえよ。違った方向への推理も、これだけ系統立ててやりゃ立派なもんだって言ってんだよ」
「……素直じゃないなあ」
「どっちが」
一瞬の間があって、ディアスは一口お酒を飲んだ。マイクは付き合いでグラスに口をつけただけだった。
「違うんですか?」
「違う違う。てんで違う」
「なら、どう違うのかはっきり言ってほしいですね。どうせいつかはみんなに言うんでしょう? 実はこれが僕からの条件でね」
ディアスはしばらくの間うーんと唸っていたが、突然マイクの顔を睨みつけた。
「どうしたんです、ディアス」
「プロフ、お前、ハワードとくんで俺が来るのを待ち伏せしていたんじゃねーのか?」
ガクッとマイクの体が倒れかけた。
「……ディアス、あなたの立場が苦しいのはよくわかるけどね、被害者意識を増大させてそんなこと考えるのはやめてくださいよ。今回はたまたまそうなっただけのことで、僕が諮ったわけじゃないんですから」
「どうだか」
不機嫌にそう言ってグラスのお酒を一気に飲み干したディアスだが、ふと何かいいアイデアでも浮かんだかのように例のニヤニヤ笑いが復活した。
「おい、プロフ。それは全員の前で言わなきゃならんのか?」
「まあ、その方がいいんですけど、僕一人に行ってもいいんですよ? 僕がみんなに伝えればいいんですから」
「いや……と……ドクなら話しても構わんぜ? そっちはそこから聞き出せばいいだろうが」
途端に気分を浮上させたディアスに何か割り切れないものを感じながらも、マイクは別にそれを止めさせる理由などなかった。
「……別にいいですよ。じゃあ、みんなが起きだしてからドクをそっちに行かせましょう」
「今すぐじゃねーのか?」
「当たり前でしょう?」
マイクは眠そうに瞼を半分ぐらい下げて言った。
「今何時だと思ってんですか……。おやすみなさい」
ちょっと手を振りながら喫茶室から出ると、マイクは大きなあくびを一つ残して自分の部屋に帰っていった。
それをディアスは確認すると、嬉々として再び戸棚を開けようとした。懲りない奴……。
「鬼の居ぬ間になんとやら……」
とかなんとか言ってと棚に手をかけると。
「ギャッ!!」
思わぬ衝撃に、ディアスは一つ叫んで手を離しその手に息を吹きかけた。思わずいたずらを先生に見つかったいたずらっ子のような顔をした。
「電気かよ……」
「きゃっぷ、イイ加減ニシテ クダサイヨ。まいくガ見逃スッテ 言ッテルンダカラ 素直ニ諦メタラ イイモノヲ」
ハワードに言われてカチンときたのか、渋々喫茶室から出ていくディアスであった。
「うるっせえな。てめえもさっさと寝ろっ」




