ミーティング2
「とにかく落ち着け、V大佐」
ここはラドラス上のニューマールで1、2を争う高級ホテル、その一室。名はあえて伏せさせていただこう。
その部屋の窓からは、イミテーションと天然の宝石が大地と空でその美しさを競い合っているかのような風景を見ることができた。しかし、この部屋の主人は風景を楽しんでいるわけではない。
彼はアタッシュケースに模したビジフォンを使っていた。卓上のスポットライトの明かりの中に浮かび上がった顔は、あのジャン・ド・ヴァジール氏のそれであった。
「とにかく、落ち着け。 V 大佐」
「……あぁ、ミスター N」
V 大佐と呼ばれた「ヴァジール氏」はビジフォンの中の人物に答えを返した。
随分と遠方から届いた映像なのだろうか。時々姿が歪み、雑音の入る映像だった。中には小太りで中年の男が写っていた。顔は暗くてよくわからない。
「だが、そう疑われても仕方があるまい」
ミスター N が V 大佐に言った。
「今回の任務で、上層部は君に期待していたのだよ。今までの君の実績から見ても、必ずや成功させるだろうと思われていたからね。それを……」
「あれは情報不足による失敗だ」
V 大佐がボソッと言い返し始めた。
「奴らが出て行く時、情報部のほとんどが奴らの尻馬に乗って行ったからな」
「君の指名はトルトニウムの確保だったはずだ」
ミスター N は大佐の声を無視するかのように大きくなった。
「ヘルメス号クルーの抹殺ではなく、な。任務に私情は禁物だよ、 V 大佐。だから君がスパイではないかと言う……」
「俺は裏切り者ではない!」
V 大佐の表情は、虎の攻撃心と憤怒だけを転移したようなものへと変化した。
「私がそう思っとるんじゃない。上層部だよ、上層部 」
ミスター N の声には恐れと戸惑いが含まれていた。
「だから疑問を起こさせるような行動はせず、ひたすら任務に忠実たれ、と。……わしは親切心から忠告しとるんだよ?」
「……」
こちらにはシラケた沈黙ばかりが漂っていた。
「ヘルメス号からは手をひきたまえ。先ほど上層部の会議でヘルメス号には H中佐をあたらせることになったのだ。君は今までに確保したトルトニウムをナンバー2基地へ運搬したまえ。それが今度の任務だ」
「ミスター N! 約束が違うぞ!」
「抗議なら上層部に入ってくれ。ワシは伝えるだけの人間だからな。くれぐれも政府軍に奪い返されるなよ。まぁ、君ならヘマはしまいがな」
含み笑いを残しながら消えた映像を、 V大佐は睨みつけると、思いっきり受話器を叩きつけた。
「やつが H中佐などにやられてたまるか。やつは俺が……」
彼はビジフォンの前から離れると、自分の気持ちを持て余すかのように窓からの景色を眺めた。
窓から見える街の灯は、彼には宝石というより心の奥底に潜む憎しみの炎に見えたであろう。誰への? それは分からない。
V 大佐はふと振り返った。まだ片付けられていないヴィジホンがそこにあった。
「……裏切りじゃない……裏切ったのは奴らの方だ……」
彼は再びヴィジホンの前に座ると、プッシュボタンを押し始めた。
しばらくして画面に女性が現れた。少し年増ではあるが、大柄でウェーブのかかった黒髪が美しい。花で言うなら、薔薇か。
「もしもし。あら、ヴェルドゥじゃない。まさかそちらからかけて頂けるなんて、思ってもみなかったわ」
少し低めの声が魅力的に聞こえる女だ。
「……」
「何の御用かしら? そちらからかけていただけるとなると」
女の少し皮肉っぽい表情を、画面が映し出す。
「例の件、脈ありとみていいのかしら」
「……ああ」
「え?今、なんて?」
「そのつもりでかけている。そちらに乗り換えてもいい」
女が一瞬の沈黙の後、声を立てて笑った。 V 大佐は、女の黒い髪の罠に捕まったような気がした。
「信じられないくらいよ」
やっと笑いを止めると、女は言った。
「反乱軍じゃあなたは軍内随一の凄腕。取り扱いだって、粗略じゃないはずよ。もしかして二重スパイにでもなるつもり?」
「……あそこではな、いくら腕が良くても、コネのないやつはカス同然だ。それに奴らは俺との契約を破った」
「契約? ああ、あれ?」
女はくすくすと笑うと、V大佐を見つめた。
「その点なら安心して。私たちは必ず守るわ。私も誓うわよ」
そこで艶やかに微笑んだ。
「“アレキスの黒薔薇”の名にかけてね」
*
トルトニウムについての一般知識について説明したい。
トルトニウムが初めて発見されたのはティルティオス星系に初めて調査船の入った時だった。
最初、地質調査で発見されたのはごく少量の金銀プラチナなどの貴金属と、多くの正体不明の鉱石であった。
しかし調査隊はその少量の貴金属に満足し、未知の鉱石はその他の金属のカスなどと一緒に地表に捨てられていた。
ところがある日、一隊員がシリトリコンにミソソニアンを加えるという実験をしていた。予想では1ミニッツに100ミリテンバーのジョンソナエネルギーを約1年間放出するオメーテストロスができるはずであった。
しかし結果としては、1 ミニッツに1000ミリテンバーを放出する新物質が生まれていたのだ。しかもコンピューター分析によると、エネルギーを約2年放出し続けると言う。
隊ではこの新物質の正体を探るとともに、どうしてこれができたのかという原因も探り始めた。
そしてついにわかったのは、実験用器具に前の実験に使っていたあの正体不明の鉱石の粉末がついたままになっていたという事実だった。その後の実験でこの鉱石に含まれている化学物質がシリトリコンとミソソニアンに作用し、新物質を作り出すことが判明した。
これらが今までにない物質であることを証明すると、彼らは鉱石に含まれた物質を化学実験をしていたトリトン隊員からトルトニウム、そして作り出される物質を調査船の名前からハーフムリアと名付けた。
今ではこの効率の良いハーフムリアを製造するためにトルトニウムが使われるのが通常だが、それ自体は他の物質同士の化合でも使うともっとより良い物質が生まれる例が多いので、研究者や大学生のレポートには引っ張りだこの存在である。
トルトニウムは生産地が偏在しており、ところによっては500光年内に生産地がひとつもないというところもある。アルゴム星系やアレキス星系がその例である。
大体において輸送は原石のままで行われ、生成されるのはトルトニウムが使用される星の工場において行われる。使用する際は白い粉状となる。
今回話に使うので調べてみたら、知名度の割には使用量が少ないことが分かった。それでいて一つの原石に含まれている割合が約1%とは……。
……割に合わないような気がするんですがね。




