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第8話:ほろ酔いの夜と、高笑いの「天罰」

「今に私の屋敷へは足が向かなくなりますよ」だなんて、あの晩先生は寂しそうに予言なさいましたけれど――

 結論から申し上げますと、その予言、見事に1ミリも当たりませんでしたわ!!

 世間知らずで脳天気な当時の私には、先生の言葉の裏にある深い諦念や傷の深さなんて、これっぽっちも理解できておりませんでしたの。

 だから私は何事もなかったかのように、相変わらず先生のお屋敷へ足繁く通い続けました。

 それどころか、親密になりすぎていつの間にか【先生の食卓にしれっと混ざって夕飯をご馳走になる】という、図々しさの極みみたいなポジションを獲得してしまったのです!

 食卓を囲むとなれば、当然、あの美しい奥様(シズ様)とも言葉を交わさざるを得ません。

 奥様はいつお会いしても、ため息が出るほど可憐で美しい方でした。

 ですが、私の関心はどこまでも「推しである先生」に全振り!

 当時の私にとって奥様は、先生という存在の【付属パーツ】のようにしか見えていなかったのですわ。(失礼極まりない令嬢ですわね!)

 奥様もまた、「夫を慕ってやってくる可愛い後輩令嬢」として親切にしてくださっているだけで、間に立つ先生を取り除いてしまえば、私たちはただの赤の他人。

 だから当時の奥様に対しては、「ただひたすらに顔が良い」という以上の感想を抱く機会がありませんでしたの。

 ◇

 そんなある晩のこと。

 私は先生のお屋敷で、美味しいおワインをご馳走になりました。

 奥様が甲斐甲斐しく私たちの傍でお酌をしてくださり、いつも陰気な先生も、この夜ばかりは珍しくご機嫌に見えましたわ。

「お前も一つ、お上がり」

 先生はそう言って、自分が飲み干したグラスを奥様へと差し出しました。

「私は……」と奥様は困ったように辞退しかけましたが、少し迷惑そうにそれを受け取ると、綺麗な眉をキュッと寄せて、ほんのひとくち、唇の先をワインで湿らせたのです。

 そこから、ご夫婦の間でこんな会話が交わされました。

「珍しいことですわね。私に飲めとおっしゃるなんて、滅多にないのに」

「お前は酒が嫌いだからさ。しかし、稀には飲むといい。良い心持ちになるよ」

「ちっともなりませんわ。苦しいだけで……。でも、あなたは少し召し上がると、大変ご愉快そうですわね」

「時によると、大変愉快になる。……しかし、いつでもというわけにはいかない」

「今夜はいかがです?」

「今夜は、良い心持ちだね」

「でしたら、これから毎晩少しずつ召し上がるとよろしいですわ」

「そうはいかないよ」

「召し上がってくださいな。……その方が、淋しくなくっていいですから」

 奥様のその言葉に、私の胸がきゅっと竦みました。

 この大きなお屋敷には、先生ご夫妻とメイドが一人いるだけ。いつ訪ねても、しん……と静まり返っていて、高い笑い声が響くことなんて滅多にありません。

 奥様は、先生が心の底に抱え続けている【底なしの孤独】を、少しでもお酒の力で紛らわせてあげたいと願っていたのですわね……。

 すると、奥様がふと私の方を振り返って、ポツリと呟かれたのです。

「……子供でもいると、賑やかで良いのですけれどねぇ」

「あ、あはは……そうですねぇ」

 私、適当に話を合わせてしまいましたわ!

 なにせ前世も今世も未婚の令嬢ですもの。当時の私にとって子供なんて、「キャーキャー騒がしくて落ち着かない生き物」くらいの認識しかありませんでしたから、奥様の寂しさに気の利いた同情なんてできなかったのです。

 すると、先生がグラスを回しながら言いました。

「一人、養子にでも貰ってやろうか」

「貰い子じゃ……ねえ、あなた?」

 奥様は縋るような目を先生に向けました。

 自分と先生の血を引いた、本当の我が子が欲しい――そう言いたげな奥様の視線を、先生は冷ややかに受け止め、そして、平然と言い放ったのです。

「――子供は、いつまで経ったってできっこないよ」

 ピキッ、と部屋の空気が凍りつきました。

 あまりの冷徹な断言に、奥様は言葉を失い、うつむいて黙り込んでしまわれました。

 ちょ、ちょっと待ちなさいな先生!?

 いくらなんでも、健気な奥様に対して残酷すぎませんこと!?

 たまらず居たたまれなくなった私が、奥様の代わりに尋ねました。

「な、なぜですの先生!? どうしてそんな悲しいことをおっしゃいますの!?」

 すると先生は、私の顔を見据え――

 まるで自らの胸をナイフで抉るかのような、恐ろしい瞳をして言ったのです。

「――天罰だからさ」

「っ……!!」

 そして先生は、ハハハ、ハハハハハッ!と、天井に響き渡るような高い声で笑い声をあげました。

 愉快そうに、けれど狂気じみた、乾いた高笑い。

 ……天罰。

 子供ができないのは、神から下された罰だ、と?

 何に対する罰ですの? 先生、あなた過去に一体、どんな恐ろしい罪を犯したとおっしゃるんですの……!?

 温かかったはずのお酒の席は一瞬にして絶対零度まで冷え込み、先生の乾いた笑い声だけが、暗い部屋の中にいつまでも、いつまでも木霊しておりました――。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


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