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第7話:淋しい人間と、引き抜けない孤独

「妻さえ連れて行ったことがない」という先生の重すぎる一言に、その時はさすがの私もフリーズしてしまいましたわ。

 普通なら「あ、この人ガチでヤバい過去がある……距離を置こうかしら」と引くところですけれど、私は先生の闇を解き明かす【探偵ごっこ】をする気で通っていたわけではありませんでしたの。

 ただ純粋に、推しの顔が見たくて、お喋りがしたくて、そのままにして何事もなかったかのように過ごしておりました。

 今になって振り返ると、当時の私のこの【おバカな能天気さ】こそ、人生で最も褒め称えるべきファインプレーでしたわね!

 私が打算なく、ただアホ面で懐いていたからこそ、先生とあんな風に人間らしい温かい交流ができたのですもの。

 もし当時の私が、悪役令嬢特有の悪知恵やオタクの詮索心で、先生の心の闇をペタペタと研究するように探ろうとしていたなら――二人を繋いでいた細い同情の糸は、その瞬間にプチーン!と容赦なく切断されていたはずですわ。

 冷たい目で自分を分析・研究されることを、先生は何よりも恐れていらっしゃいましたから……。知らぬが仏、能天気バンザイですこと!

 ◇

 そんなわけで、私は月に二度、三度と、飽きもせず先生のお屋敷へ凸撃するようになりました。

 訪問の頻度がぐんぐん上がっていたある日のこと。先生が突然、じっと私を見つめて尋ねてきたのです。

「あなたは何で、そう度々私のようなものの屋敷へやって来るのですか?」

「何でと言われましても、特別な意味なんてありませんわよ。……もしかしてお邪魔でしたの?」

「邪魔だとは言いません」

 なるほど、先生のお顔に迷惑そうな色は微塵もありませんでした。

 それもそのはず。先生の交友関係が【極限レベルに狭い】ことを、私はすでに察しておりましたから!

 学生時代の同窓生で王都にいるのはたったの二、三人。たまーに同郷の男子学生がお屋敷の座敷に同席していることもありましたけれど、どなたも私ほど先生に懐いている様子はありませんでしたもの。

「私は、淋しい人間です」

 先生は静かに仰いました。

「だから、あなたが来て下さる事を喜んでいます。……だから、なぜそう度々来るのかと聞いたのです」

「それ、理由になってませんわよ!?」

 私が思わずツッコミを入れると、先生は何もお答えにならず、ただ私の顔をまじまじと見つめて、

「……あなたは何歳ですか?」

 と、脈絡のない質問を投げかけてきたのです。

 会話が噛み合わなさすぎて要領を得ませんでしたが、深く追及するのも野暮だと思った私は、その日はそのままお暇いたしました。

 ――そして。

 深く追及しないどころか、それから四日も経たないうちに、また先生のお屋敷へ突撃いたしましたの!!(我ながらスパンが短すぎますわ!)

 客間に出てきた先生は、私の顔を見るなり、思わず吹き出して笑ってしまいましたわ。

「また来ましたね」

「ええ、来ましたわよ!」

 私もつられて、ニカッと笑い返しました。

 もし学園の嫌味な令嬢たちから「また来たの?」なんて言われたら、悪役令嬢のプライドにかけて紅茶をぶっかけているところですけれど、先生に言われた時はまるで正反対でしたの!

 腹が立つどころか、むしろ「歓迎されてる! 嬉しい!」と愉快でたまりませんでしたわ!

「……私は、淋しい人間です」

 先生はその晩、あの日の言葉をポツリと繰り返しました。

「私は淋しい人間ですが、ことによると、あなたも淋しい人間じゃないですか? 私は淋しくても年を取っているから、じっと動かずにいられる。けれど、若いあなたはそうはいかないのでしょう。動けるだけ動きたい。動いて、何かにぶつかりたいのでしょう……」

「あら! 私、ちっとも淋しくなんてありませんわ!」

 強がって胸を張る私に、先生はどこまでも哀しげな眼差しを向けて仰いました。

「――若いうちほど、淋しいものはありませんよ。それならなぜ、あなたはそう度々、私の屋敷へ来るのですか?」

 うっ……! 痛いところを突かれましたわ!

 先生は私の痛烈な図星を責めることもなく、静かに、噛みしめるように続けました。

「あなたは私に会っても、おそらくまだ、心のどこかで淋しい気がしているでしょう。……私には、あなたのためにその淋しさを根元から引き抜いてあげるだけの力が、ないのだから」

「先生……?」

「あなたはいずれ、外の世界の方を向いて、大きく両手を広げなければならなくなります。……今に、私の屋敷の方へは足が向かなくなりますよ」

 そう言って、先生は泣き出しそうなくらい、寂しい笑い方をなさいました。

 私を拒絶しているのではない。

 自分のような壊れた人間には、若い私を本当に救うことなどできないのだと――最初から諦めきったような、あまりにも優しく、痛ましい諦念。

 (そんなことありませんわ、先生……! 私があなたから離れるはずなんて、ありませんのに……!)

 叫び出したくなるような切なさを胸に抱えながら、私はただ、先生の寂しげな横顔を見つめ返すことしかできませんでしたの……。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


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