第6話:銀杏の落葉と、妻すら拒む絶対領域
それからの私は、味を占めたように先生のお屋敷へ足繁く通い詰めるようになりましたわ!
いつ行っても、先生は必ず在宅。
(さすが筋金入りの引きこもり元公爵様! アポなし訪問でも百発百中でエンカウントできるなんて、推し活として最高のリッチ物件ですわね!)
お会いする回数が増えるにつれて、私の足はますます頻繁にお屋敷の玄関へと向かうようになっておりました。
……ですが。
どれだけ通い詰めても、先生の私に対する態度は、カマクラで初めてご挨拶した時も、こうして親しくなった後も、なーんにも変わりませんでしたの。
先生はいつだって、静かでした。
時として、静かすぎて見ているこちらが胸を締め付けられて寂しくなるほどに。
最初から、先生には「他人を寄せ付けない不思議な壁」があるように感じておりました。
それなのに――いや、だからこそ!
「どうしてもこの人に近づかなければいられない」という抗えない引力が、私の胸の奥で強烈に働き続けていたのです。
こんな感情を先生に抱いていたのは、世界広しといえど、もしかしたら私だけだったのかもしれませんわね。
けれど、その私の直感は、後になって恐ろしいほど残酷な事実によって証明されることになりますの。
世間知らずの小娘と笑われようが、おバカな悪役令嬢と罵られようが、私はあの時先生の本質を見抜いていた自分の直感を、頼もしく、ちょっぴり誇らしく思っておりますのよ。
――人間を愛することができる人。
――愛さずにはいられない人。
――それなのに、自分の懐に入ろうとする者を、両手を広げて抱きしめることが絶対にできない人。
それこそが、私の『先生』という人間だったのですから……。
◇
普段の先生は、いつでも落ち着いていて静かでした。
けれど時折、まるで窓の外を一羽の黒い不吉な鳥の影がサッと横切るように、その美しいお顔に変な【曇り】が走ることがあったのです。
射したかと思うと、一瞬で消えてしまう影。
私がその不穏な曇りを初めて先生の眉間に見出したのは、あのゾウシガヤの墓地で背後から奇襲した時でしたわ。
あの異様な瞬間、私の心臓の鼓動はヒュッと嫌な止まり方をいたしました。
……まあ、能天気な悪役令嬢の心臓は五分もしないうちに元の弾力を取り戻して、そんな不気味な影のことなんてすっかり忘れてしまっていたのですけれど!
そんな黒い影のことを、嫌でも思い出させられる事件が起きたのは、晩秋の小春日和が終わりを告げようとしていた、ある夜のことでした。
お屋敷で先生とお喋りしていた私は、ふと、あの墓地の境目にそびえ立っていた大きな銀杏の樹を思い出しましたの。
頭の中でカレンダーを数えてみると――あら!
先生が毎月のルーティンにしているお墓参りの日が、ちょうど三日後ではありませんこと!
しかもその三日目、私の学園の講義は午前中で終わるボーナス確定日!
私は前のめりになって、先生に尋ねてみました。
「先生、ゾウシガヤの大銀杏は、もう散ってしまいましたかしら?」
「……まだ空坊主(丸裸)にはならないでしょうね」
先生はそう答えながら、じっと私の顔を見つめてきました。
射抜くように、しばし視線を外しません。
そんな推しからの熱烈(?)なアイコンタクトにテンションが上がった私は、すかさずおねだりを発射いたしましたわ!
「今度お墓参りにいらっしゃる時、私をお供に連れて行ってくださらない? 先生と一緒に、あの辺りをのんびりお散歩してみたいんですの!」
「……私は墓参りに行くんですよ。散歩に行くんじゃない」
「あら、ついでにお散歩なさったら、ちょうどよろしくてよ?」
先生は何もお答えになりませんでした。
しばらくの気まずい沈黙のあと、ぽつりと仰ったのです。
「……私のは、本当の墓参りだけなんだから」
(ぷっ……!)
どこまでも「墓参り」と「散歩」を頑なに切り離そうとする先生。
私と一緒に行きたくない口実なのか何なのか知りませんけれど、その時の先生ってば、駄々をこねる子供みたいで変に意固地で、ちょっと可愛らしく見えてしまいましたのよ!
調子に乗った私は、さらにグイグイと踏み込んでしまいました。
「でしたら、お墓参りでも構いませんから連れて行ってくださいまし! 私だってお墓参りくらいいたしますわ!」
私にとってみれば、散歩だろうが墓参りだろうが、先生と一緒にお出かけできるならどっちでも無意味なくらい些細な違いでしたもの。
――ですが。
スゥッ……と、先生の眉間が深く曇りました。
その瞳の奥に、怪しく異様な光が宿ったのです。
それは単なる迷惑でも、嫌悪でも、恐れでも片付けられない――底知れない【怯え】と【不安】の色でした。
(あっ……!)
私の背筋に、氷水を流し込まれたような悪寒が走りました。
あのゾウシガヤで背後から「先生!」と大声をかけた時に見せられた、あの絶望の表情と――完全に同じだったのです。
静まり返った部屋の中で、先生は掠れた声で、静かに、けれど決定的な拒絶を口にいたしました。
「私はね」
先生の瞳が、私を突き放すように見据えます。
「――私は、あなたに話す事のできない【ある理由】があって、他人と一緒にあそこへ墓参りには行きたくないのです」
「先生……」
「……自分の妻さえ、まだ連れて行った事がないのですから」
息が、止まりました。
あの天使のように美しく心優しい奥様ですら、足を踏み入れることを許されない聖域。
そこは、先生がたった一人、誰にも分け合えない罪と業を背負って跪くための場所――。
お散歩だなんて気安くはしゃいでいた自分の浅はかさに、私は冷や汗を流しながら、ただ震えることしかできませんでしたの……。
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