第5話:ゾウシガヤ霊廟と、先生の『お友達』
ゾウシガヤの墓地の手前にある苗木畑の左手から入り、楓が綺麗に植えられた広い道を奥へ奥へと進んでいきました。
すると、道端に見える休憩用の茶屋から、見覚えのある長身の男性がふいと出ていらしたのです。
キラリと眼鏡の縁が秋の陽光に反射した瞬間、私は確信いたしましたわ!
(捕捉完了! 推し発見ですわーーっ!!)
私は足音を忍ばせて背後まで接近し、不意打ち気味に元気いっぱい声を張り上げました!
「――先生!!」
ビクゥッ!と先生が背中を跳ねさせ、立ち止まって振り返りました。
そして私の顔を見るやいなや――
「どうして……、どうして……」
……えっ?
先生は同じ言葉を二度、異様なトーンで繰り返したのです。
しんと静まり返った墓地の真昼の中に、その低く掠れた声が不気味に響き渡りまして……ひ、引きつった笑みが凍りつきますわ! 完全にホラーの導入ですのよ!?
「私の後を、つけて来たのですか。どうして……」
取り乱しているわけではなく、声はむしろ沈み切っておりました。
けれど、その彫刻のように整ったお顔には、言葉では言い表せないほどの【異様な曇り】がべっとりと張り付いていたのです。
気まずくなった私は、慌ててここへ来た経緯――お屋敷へ伺ったら奥様から先生のお出かけ先を聞き、お散歩がてら追いかけてきてしまったことをペラペラと白状いたしました。
「……誰の墓へ参りに行ったか、妻がその人の名を言いましたか?」
「いいえ? そんなこと、奥様は何もおっしゃいませんでしたわ」
「そうですか。――そう、それは言うはずがありませんね。初めて会ったあなたに。言う必要がないんだから」
先生はふうっと息を吐き、ようやく得心がいった様子で肩の力を抜かれました。
……ちょ、ちょっと待ちなさいな?
奥様がお墓の名前を言ったかどうか、なんでそんなに必死に気になさるんですの!?
私にはその意味がサッパリ解りませんでしたけれど、先生が『絶対に人に知られたくないヤバい秘密』を抱えていることだけは、嫌というほど伝わってまいりましたわ!
◇
大通りへ出ようと、私たちは並んでお墓の間を縫うように歩き始めました。
このゾウシガヤ霊廟、じっくり見回してみると実にカオスな空間ですのよ。
異国の言葉で『イザベラ』だの『神の僕ロギン』だのと刻まれた洗礼名の墓の隣に、東方の仏教宗派の『一切衆生悉有仏性』と書かれた卒塔婆が立っていたり、『特命全権公使〇〇の墓』なんて仰々しい記念碑がそびえていたり……。
私は『安得烈』と漢字で彫られた小さな墓石の前で立ち止まり、無邪気に尋ねてみました。
「先生、これ何とお読みするんですの?」
「……アンドレ、とでも読ませるつもりでしょうね」
先生は困ったように苦笑い。
それからも私は、丸い墓石だの細長い御影石の石碑だのを指差しては、「あら、あのお墓の形ユニークですわね!」「あっちなんて派手すぎて悪趣味じゃありませんこと?」なんて、いつもの悪役令嬢ノリで好き勝手に軽口を叩きまくっていたのです。
先生は最初、私のくだらないお喋りを黙って聞いてくださっていたのですが――
やがて、ピタリと足を止め、氷のように冷徹な瞳で私を見下ろして言ったのです。
「――あなたは、『死』という事実を、まだ真面目に考えた事がありませんね」
「…………っ!」
ぐうの音も出ませんわーーっ!!
正論! ド正論の特大カウンターパンチですわ!
一瞬で空気が絶対零度まで凍りつき、私は貝のように口を閉ざすしかありませんでした。先生もそれきり、何もおっしゃいません。
墓地の境目あたりに、まるで空を覆い隠すような一本の巨大な銀杏の木が立っておりました。
その下まで来た時、先生はふと高い梢を見上げ、ぽつりと呟いたのです。
「もう少しすると、綺麗ですよ。この木がすっかり黄葉して、ここいらの地面は金色の落葉で埋まるようになります」
先生は毎月一度、必ずこの木の下を通ってお墓参りに通っていらっしゃる……。
見上げる先生の横顔があまりにも儚くて美しくて、私はさっきのお説教のショックも忘れて見惚れてしまいましたわ。
向こうの方では、地面をならして新しい墓地を作っている工夫の男性が、鍬の手を止めて私たちを不思議そうに眺めておりました。
◇
街道へ出てからも、これといって目的のない私は、ただ先生の歩く方へと金魚のフンみたいに付いていきました。
いつも以上に口数が少ない先生でしたが、不思議と居心地の悪さは感じず、二人で並んでぶらぶらとお散歩を続けます。
「すぐお屋敷へお帰りになりますの?」
「ええ、別に寄る所もありませんから」
二人で黙ったまま、南の方へと下り坂を歩きます。
でも、好奇心旺盛な悪役令嬢の口を完全に塞ぐことなんて不可能ですわ!
私は恐る恐る、さっきから気になって夜も眠れなくなりそうな疑問を切り出してみました。
「あの……先生のお家の墓地は、あそこにあるんですの?」
「いいえ」
「では、どなたのお墓なんですの? ……ご親類のお墓ですの?」
「いいえ」
ひ、一言! 鉄壁の塩対応ですわ!
(ううっ、これ以上踏み込んだらガチで嫌われますわよね……)と察した私は、そこで大人しく口を噤みました。
ところが――。
そのまま黙々と百メートルほど歩いた後、先生が不意に、自らその話題へと戻ってきたのです。
「――あそこには、私の友達の墓があるんです」
ドクン、と私の心臓が跳ねました。
「……お友達のお墓へ、毎月お参りをなさるんですの?」
「そうです」
前を見据えたまま、短くそう答えた先生。
その横顔には、二度と誰も踏み込ませないような、深く重い絶望の影が落ちておりました。
――お友達。
毎月決まった日に、奥様にも秘密にして、一人きりで花を手向けに通い詰めるほどの、特別なお友達。
(先生……あなた、そのお友達と、過去に一体何があったんですの……!?)
先生はその日、これ以上何も語ってはくれませんでした。
けれど私の胸には、決して触れてはいけない『禁断のパンドラの箱』の輪郭が、くっきりと刻み込まれてしまったのです――。
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