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第4話:塩対応の沼と、美しすぎる奥様

夏の終わり、私はカマクラの海を引き払い、王都へと戻ってまいりました。

 先生が避暑地を発たれたのは、それよりもずっと前のことでしたの。

 お別れの際、私は勇気を出して聞いてみたのですわ。

「あの……王都へ戻りましたら、時折お屋敷へ伺ってもよろしいですの?」

 あの海での青春ランデブーを経て、私はすっかり先生と「マブダチ」になれた気でおりましたから、少しは温かい歓迎の言葉を期待しておりましたのよ。

 ですが、先生の返答は――

「ええ、いらっしゃい」

 ……それだけ。

 たったそれだけの一言でしたの!

 あっさり! 味気ない! カルピスなら水で十倍に薄めたレベルの薄味対応ですわ!

 ちょっと自信を粉砕されてショックを受けましたけれど、先生ってばいつもこういうところで私をズコーッと失望させてくださるのです。

 ですが! だからといって「キーッ! もう先生なんて嫌いですわ!」と離れていく気には、不思議となれませんでしたの。

 むしろ逆! 突き放され、不安に揺さぶられるたびに、「もっと知りたい! もっと懐きたい!」と沼の奥へズブズブ進みたくなってしまうのです!

 我ながら、チョロすぎますわね……。

 でも、すべての人間に対してこんな都合のいいワンコ体質だったわけじゃありません。

 なぜ先生にだけ、こんな執着が湧いてしまうのか――。

 その理由が解ったのは、先生が自ら命を絶ってしまった【今日】になって、初めてのことでした。

 先生は、最初から私を嫌っていたわけじゃなかったのです。

 時折見せたあの素気ない挨拶も、冷淡な仕草も、私を遠ざけようとする不快のサインなんかじゃありませんでした。

 あの痛ましいほど傷ついた人は――「自分なんかに近づいても何の価値もない。破滅するだけだからやめておけ」と、近づこうとする私に必死で警告を発していたのですわ。

 他人の好意に応えられなかった先生は、他人を軽蔑する前に、誰よりもまず自分自身を心の底から軽蔑しきっていたのですから……。

 ◇

 ……なーんて、そんな重すぎる闇を抱えているとは露知らず!

 王都へ戻ってきた当時の私は、「新学期が始まるまでの二週間のうちに、一度先生の屋敷へ凸撃してやりますわ!」と息巻いておりました。

 ところがです。

 王都に戻って二、三日も経つと、カマクラの海で過ごしたエモい気分がだんだん薄れてきてしまいまして……。

 大都会の刺激的な空気! 通りを行き交う学園の生徒たちの顔を見るたび、「よーし、新学年も悪役令嬢として気合を入れて破滅回避ですわ!」なんて希望と緊張で頭がいっぱいになり――

 ええ、ぶっちゃけますと、先生のことなんて綺麗サッパリ忘れておりましたの!(薄情系令嬢ですわね!)

 ですが、新学期が始まって一ヶ月も経つと、今度は生活に「飽き」がやってまいりました。

 なんだか退屈で、不満気な顔で通りを歩き、物欲しそうに自室を見回す日々。

 そんな時、私の脳裏にふわりと浮かんだのは、あの冷ややかな美貌の先生のお顔でした。

(……あ、先生に会いたいですわ!)

 思い立ったら即行動!

 私はさっそく先生の王都の屋敷へ突撃いたしました。

 ――が、お留守。

 二度目に訪ねたのは、次の日曜日。

 抜けるような秋晴れの、素晴らしい日和でしたわ。

 ――が、またしてもお留守!!

(ちょ、ちょっと待ちなさいな!?)

 カマクラにいた時、先生はご自身の口から「普段は大体家にいる」「出不精で外出は大嫌いだ」とおっしゃっていたはずですのに!

 二回来て二回とも空振りってどういうことですの!? 居留守ですの!?

 理不尽な不満を覚えた私は、すぐに玄関を立ち去る気になれず、扉の前でモジモジと粘っておりました。

 すると、前回名刺を取り次いでくれた屋敷のメイドさんが、困り顔の私を見かねて奥へと引っ込んでいき――

 代わりに、すっと出ていらしたのです。

 先生の奥様と思われる、息を呑むほど美しい女性が……!

「……っ!」

 あまりの美少女……いえ、若く儚げな美しさを湛えた奥様に、私は思わず見惚れてしまいましたわ。

 その奥様は、どこの馬の骨とも知れない私に対して、とても丁寧に先生の行き先を教えてくださったのです。

「主人は毎月この日になりますと、ゾウシガヤの墓地にある【とある仏(故人)】へ、お花を手向けに行くのが習慣になっておりますのよ。『たった今出たばかりで、十分になるか、ならないか』でございますのに……すれ違いになってしまって、お気の毒ですわ」

 申し訳なさそうに眉をひそめる奥様。

 天使ですの……? こんな聖女のような奥様がいらっしゃるなんて、先生ってば勝ち組すぎやしませんこと!?

 私は丁寧にお辞儀をして、屋敷の外へと出ました。

 賑やかな大通りへ向かって百メートルほど歩いたところで――私の悪役令嬢としての好奇心レーダーが、ピピピッと激しく反応いたしました。

(毎月決まった日に、誰かのお墓参り……? しかも、出たばかりでまだ十分前……?)

 お散歩がてら、私もゾウシガヤ霊廟へ行ってみたらどうかしら?

 もしかしたら、追いついて先生にお会いできるかもしれませんわ!

「善は急げ、ですわね!」

 私はくるりと踵を返し、秋風の吹き抜けるゾウシガヤの墓地へ向かって、足早に歩き出したのでした――!

ここまでお読みいただきありがとうございます!


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