第3話:眼鏡と、沖合のランデブーと、はじめての『先生』
翌日も、そのまた次の日も、私はストーカーのように同じ時刻にビーチへ繰り出しては、先生のお姿をガン見しておりました。
ですが、話しかけるきっかけもなければ、優雅に「ごきげんよう」と挨拶するタイミングすらゼロ!
なんと言っても、先生の態度が【超ド級の非社交的】だったからですの。
決まった時刻にふらりと超然と現れては、海に入り、また超然と去っていく……。
周囲でリア充貴族や平民たちがどれだけキャッキャ騒いでいようと、まるで目に入っていないご様子でしたわ。
初日にいたマッチョな異国人さんはその後パッタリ姿を見せなくなりましたので、先生はいつだって完全なボッチ。私とお揃いですわね!
そんなある日、ついに【運命のラッキースケベ……ならぬ、お助けイベント】が発生いたしましたの!
いつものように海から上がってきた先生が、ベンチの上に脱ぎ捨ててあった湯浴み着を羽織ろうとした時のことでした。
どういうわけか、その服に砂がびっしりとついていたのです。
先生は砂を払い落とそうと、後ろを向いてバサバサッと二、三度着物を振りました。
その瞬間――!
――カラン、コロンッ。
着物の下に置いてあった先生の眼鏡が、床板の隙間からスパーンと床下へ落下したのです!
先生は腰紐をキュッと結んでから眼鏡がないことに気がついたご様子で、青ざめて慌てて辺りを探し始めました。
(今ですわーーーっ!!)
私はドレスの汚れも気にせず、ベンチの下へ頭と腕をダイナミックに突っ込みました!
埃まみれの床下をガサゴソと漁り、見事に眼鏡を救出!
「あ、ありましたわよ!」
「……有難う」
砂を払って差し出すと、先生は驚いたように目を丸くし、それから私の手からそっと眼鏡を受け取ってくれたのです。
きゃーっ! 「有難う」の一言をいただきましたわーーっ!!
◇
フラグが立った翌日、私は先生の後を追いかけるようにしてザッパーンと海へ飛び込みました。
同じ方角へバシャバシャ泳ぎ、沖合二百メートルほどの場所まで出たその時です。
先生がふと振り返り、海の中で私に話しかけてくださったのです!
見渡す限り、どこまでも広がる蒼い海。
波間にぷかぷか浮かんでいるのは、この広大な世界で私と先生のたった二人きり!
降り注ぐ強烈な太陽の光が、海も、遠くに見える山々もキラキラと眩しく照らし出しています。
先生とお話できた歓喜で脳内麻薬がドバドバ出た私は、海の中で手足をバタつかせてキャッキャと踊り狂ってしまいましたわ!
すると先生は、ふっと手足の動きを完全に止めて、仰向けの姿勢のまま波の上にプカァと寝転がったのです。
……えっ、ラッコスタイル!? なにそれ可愛い!
私もすかさず真似をして、波の上に仰向けになってみました。
ぎらぎらと眼を射るような痛烈な青空が、私の顔いっぱいに飛び込んできます。
「最高に愉快ですわねーーっ!!」
思わず大声で叫んでしまいましたわ。
しばらくして、水の中でスッと起き上がるように姿勢を正した先生が、私を見て言いました。
「……もう、上がりませんか?」
「ええ、帰りましょう!」
体力自慢の悪役令嬢としては、もっと沖合で先生と戯れていたかったですけれど、推しからのお誘いは秒で快諾するのが淑女のマナーですわ!
こうして私たちは、並んで仲良く浜辺へと引き返したのでした。
◇
この日から、私と先生は急接近いたしました。
……とはいえ、先生がカマクラのどこに泊まっているのかすら、私はまだ知らなかったのですけれど。
それから中二日あけた、三日目の午後。
いつもの海の家でばったり出会った時、先生が唐突に私へ問いかけてきました。
「君は、まだ大分長くここに滞在するつもりですか?」
えっ……?
行き当たりばったりで生きているおバカな私に、そんな先の予定なんてあるはずもありません。
「どうだか分かりませんわ……」
思わず素直にそう答えると、先生が意地悪そうにニヤニヤと笑ったのです。
うっ、何ですのその「こいつ何も考えてないな」と言いたげな顔! 急激に恥ずかしくなって居心地が悪くなった私は、思わずムキになって聞き返してしまいました。
「――先生は?」
……あ。
これが、私の口から転がり出た、記念すべき『先生』という呼び名の始まりでしたの。
◇
その日の晩、私は先生の滞在先を突き止め、電撃突撃いたしましたわ!(※淑女にあるまじき行動力ですが、ぼっち令嬢に怖いものなどありません)
宿といっても、普通の旅館ではありませんでした。
木々に囲まれた広大な大寺院の境内にある、別荘のような厳かな建物。
そこに住んでいる使用人たちも、先生の家族ではないことがすぐに分かりましたわ。
「先生、先生!」と犬のように懐いて呼びかける私に、先生は「やれやれ」と苦笑い。
「年長者に対する私の口癖なんですのよ!」と言い訳しつつ、私は気になっていたあの初日のマッチョについて尋ねてみました。
先生は、彼がいかに風変わりな異国人であるか、もうカマクラを離れてしまったことなどを話してくれました。
「日本人とさえ滅多に付き合わない私が、あんな外国人と親しくなったのだから、不思議なものですね」なんて自嘲気味に呟く先生。……ふふ、やっぱり根暗で人間嫌いなんですのね。推せますわ。
そして会話の最後、私はずっと胸に引っかかっていた疑問をぶつけてみたのです。
「あの……私、どこかで先生とお会いしたことがあるような気がしてならないんですの。どうしても思い出せないのですけれど……」
若気の至りというやつですわね。
私は心のどこかで、(先生も『実は私も君に見覚えがあるよ』なんて運命的な返事をしてくれないかしら……!?)なんて、都合のいい乙女な期待を抱いていたのです。
しかし――。
先生はしばらくじっと考え込んだあと、スッと冷たい目を向けて、こう言い放ちました。
「どうも、君の顔には見覚えがありませんね。……人違いじゃないですか?」
「………………」
バッサリ!!
一片の情緒もない塩対応に、私の淡い乙女心はものすごい勢いでへし折られ、変にドッと落ち込んでしまったのでした……。
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