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第2話:神出鬼没の美形と、華麗なる塩対応

 私がその海の家で初めて先生を目撃した時、先生はちょうど上着を脱いで、これから海へ入ろうとしているところでしたの。

 反対に私はといえば、海から上がってきたばかりで、潮風に濡れた身体をびゅうびゅう吹かれながらブルッと震えておりました。

 なにせ目の前は、視界を遮るほどの【海水浴客の黒い頭】でギチギチの満員御礼状態です。

 特別な事情でもない限り、ボーッと生きてる貧乏令嬢の私が先生を見つけられるはずもありませんでしたわ。

 それなのに、私が一瞬で先生にロックオンしてしまった理由――。

 それは、先生が一人の【異国の偉丈夫】を連れていたからなんですの!

 その異国人男性の、抜けるように白い肌!

 海の家に入ってきた瞬間から、もう目立ちすぎて私の視線をダイソン並みに吸引していきましたわ。

 しかも彼、この地方の伝統的な湯浴み着(バスローブ風の羽織)を着ていたくせに、海の家のベンチの上にポイッと脱ぎ捨てたかと思うと、腕組みをして堂々と海の方を向いて仁王立ちしたのです。

 身につけているのは――なんと、腰回りを覆うだけの【布切れ一枚トランクス】のみ!!

(ちょ、ちょっと待ちなさいな!? 露出度高すぎませんこと!?)

 これには私、度肝を抜かれましたわ。

 だってその二日前、高級リゾートホテルが立ち並ぶセレブ海岸の丘の上から観察していた時は、避暑に来ていた上級貴族の旦那様方はみんな、腕も脚も一切出さない「全身ガチガチの魔導水着」を着ていらっしゃいましたのよ?

 ご婦人方に至っては、肌を露出するなんてとんでもない!とばかりに、頭にゴム製の頭巾をすっぽり被って、波間に濃紺や海老茶色の布の塊を浮かべてプカプカ漂うのがマナーでしたもの。

 そんな厳格な貴族社会の常識を見せつけられた直後に、ほぼ裸一貫のトランクス一丁で仁王立ちする異国人……! 目のやり場に困るどころの話じゃありませんわ!

 すると、その逞しい異国人さんは、足元で屈み込んでいる連れの男性――そう、先生の方を振り返って、何やらボソボソと二言三言、異国語で言葉を交わしたのです。

 先生は砂の上に落っこちていた手拭いを拾い上げているところでしたが、それをヒョイと取るやいなや、手慣れた様子で頭にキュッと巻き、無言のまま海へ向かって歩き出しました。

 ――その人こそが、私の『先生』だったのです。

 完全に好奇心に火がついた私は、並んで浜辺を下りていく二人の後ろ姿をじーっと見守ってしまいましたの。

 二人は迷いのない足取りで、ザバザバと一直線に波の中へ踏み込んでいきました。

 そして、浅瀬でキャッキャと騒ぐ芋洗い状態の海水浴客たちの間をスルスルとすり抜け、誰もいない広々とした沖合に出るやいなや――二人揃って、驚くべきスピードで泳ぎ出したのです!

 ぐんぐんと進み、その頭が米粒くらい小さく見えるまで沖へ向かったかと思うと、くるりと旋回して、また一直線に砂浜まで泳ぎ戻ってまいりました。

 ……えっ、体力お化けですの!?

 しかも海の家に戻ってくるなり、井戸水で潮を洗い流すことすらせず、無言でパパッと身体を拭いて上着を羽織ると、風のようにさっさと立ち去ってしまったのです。

「……な、何者なんですの、あの方たち……?」

 二人が去った後、私は元のベンチに腰を下ろして、ぼんやりとハーブ煙草の煙を燻らせながら考え込みましたわ。

 あの日本人の青年――先生の顔。

 どうにも、どこかで見覚えがあるような気がしてならなかったのです。

 王都の夜会? 学園の式典? それとも貴族名鑑のどこか……?

 けれど、いくら頭の引き出しをひっくり返しても、いつどこで会った人なのか、どうしても思い出せませんでしたの。

 ◇

 さて。その時の私といえば、悪役令嬢としての破滅を回避したはいいものの、ぶっちゃけ【暇】を持て余して死にそうになっておりました。

 友達には見捨てられ、お金もない、話し相手もいないボッチ生活。

 そこで私は翌日、先生がやって来たのと同じ時刻を見計らって、わざわざ海の家へと出撃してみたのですわ! ストーカーではありませんことよ、ただの暇つぶしの人間観察ですわ!

 すると――来ました!

 今日は異国のマッチョはおらず、先生がたった一人、麦わら帽子を被ってすたすたとやって来たのです!

(きゃっ……! 近くで見ると、やっぱり信じられないほどの美形ですわ!)

 先生は掛けていた眼鏡をすっと外して棚の上に置き、昨日と同じように手拭いで器用に頭を包むと、誰とも視線を合わせずに浜辺へと下りていきました。

 眼鏡を外したその切れ長の瞳があまりに冷ややかで、私は思わず息を呑んでしまいましたの。

 先生が昨日と同じように人混みをすり抜け、一人で沖へ泳ぎ出したその時――私の悪役令嬢としての血が騒ぎました。

(……待ちなさいですわ! お話してみたいですわーっ!!)

 気がつけば、私はバシャバシャと浅瀬の水を頭の上まで跳ね上げながら、先生を追いかけて海へ飛び込んでおりました!

 腰まで水に浸かったあたりから、先生をターゲットにロックオンして全力のクロール(抜き手)で猛追撃を開始いたします!

 追いつく! あと少しで先生の背中に手が届――

 ――スゥッ……。

(……えっ!?)

 なんと先生、私の接近を気配で察知したのか、まるで私を避けるように綺麗な弧線を描いてターンすると、妙な方向からスーッと岸へ向かって泳ぎ去ってしまったのです!

 ちょ、ちょっと!? あからさまに回避行動を取られましたわ!?

 結局、私の目的はあえなく撃沈。

 びしょ濡れで雫をボタボタ垂らしながら、ゼェハァと息を切らして海の家へ這い上がると――

 先生はもう、何事もなかったかのように涼しい顔で着物を着終えており、私と完璧な【入れ違い】で、すたすたと外へ出て行ってしまったのでした。

「……っ! 華麗なる塩対応、ですわ……!!」

 濡れた前髪をかき上げながら、私は去りゆく先生の後ろ姿を睨みつけました。

 ――絶対に、明日こそはお話しして見せますわよ!と、謎の対抗心を燃やしながら。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


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