第九話 一人ではなかった
翌朝。
レオンは机の上の紙を見た。
《俺は一人ではなかった》
昨日、自分で書いた。
その意味は。
まだ分かる。
誰といたのか。
何人だったのか。
それはもう、はっきりしない。
でも。
一人ではなかった。
そこだけは。
妙に確かだった。
その横に。
《ガルド》
《エルネはいた》
《ミリアはいた》
三枚。
レオンは順番に見た。
ガルド。
ほとんど意味がない。
人の名前だった。
たぶん。
エルネ。
本。
魔法。
黒い外套。
それくらい。
ミリア。
まだ少し近い。
スープ。
青い外套。
笑った顔。
でも。
昨日より。
もう。
少し遠い。
レオンは紙を鞄に入れた。
ギルドへ行く。
今日は依頼を受けることにした。
掲示板から一枚取る。
街道沿いの見回り。
一人でも問題ない。
受付へ持っていく。
受付嬢が書類を見る。
「こちらですね」
「ああ」
「お気をつけて」
レオンは少し迷った。
「これ」
「はい?」
「一人で受ける依頼だった?」
受付嬢は首をかしげた。
「レオンさん、いつもお一人でしょう」
すぐに返ってきた。
レオンは何も言わなかった。
「……そうだったな」
書類を受け取った。
街道へ出る。
何も起きなかった。
荷車が何台か通る。
旅人とすれ違う。
昼。
道端でパンを食べる。
一人。
静かだった。
以前なら。
誰かが何か言っていた気がする。
「またそれ食ってるのか」
とか。
「水、飲んだ?」
とか。
そういう。
どうでもいいこと。
本当に言われたのか。
分からない。
レオンは紙を出した。
《俺は一人ではなかった》
読む。
少しだけ。
安心した。
夕方。
ギルドへ戻る。
「異常なし」
報告書を渡す。
受付嬢が確認する。
「お疲れさまでした」
報酬。
一人分。
レオンは受け取った。
そのまま帰ろうとして。
古い記録庫の扉が目に入った。
少し迷った。
入った。
灰の森。
西水路。
薬草採取。
過去の依頼を何枚か出す。
参加者。
レオン。
一名。
どれも。
同じ。
レオンは灰の森の記録を長く見た。
黒爪獣。
討伐済。
参加者。
レオン。
一名。
記憶。
雨。
折れた剣。
誰か。
肩から血を流していた。
誰か。
魔力を使い果たしていた。
誰か。
治癒術を使っていた。
名前は。
出ない。
顔も。
ほとんど。
ない。
でも。
自分一人ではなかった。
レオンは記録を持ったまま。
しばらく動かなかった。
職員が声をかけた。
「何かお探しですか?」
「いや」
「その依頼、ずいぶん昔ですね」
「ああ」
職員が紙を見る。
「黒爪獣を単独討伐ですか」
少し感心したように言った。
「さすがですね」
レオンは答えなかった。
単独。
その言葉が。
妙に。
遠かった。
「俺」
レオンが聞いた。
「昔から一人だった?」
職員が少し笑った。
「私は当時を知りませんけど」
記録を指す。
「少なくとも、こちらでは」
レオンも紙を見る。
一名。
「そうだな」
記録を戻そうとして。
ふと。
所属欄が目に入った。
空白。
別の依頼も。
空白。
その次も。
レオンはしばらく見た。
「《暁の剣》って」
職員が振り向く。
「何です?」
「パーティー名」
「聞いたことないですね」
レオンは何も言わなかった。
酒場へ行く。
一階。
窓際。
一人で座る。
主人が料理を持ってくる。
「どうぞ」
「ありがとう」
肉料理。
パン。
水。
食べる。
静かだった。
隣の席では。
若い冒険者が三人。
今日の依頼の話をしている。
「だから俺が先に気づいたんだって」
「嘘つけ」
「ほんとだよ」
笑う。
レオンは聞いていた。
しばらくして。
自分も少し笑った。
何が面白かったのか。
よく聞こえなかった。
それでも。
笑った。
主人が皿を下げに来る。
「今日は静かですね」
レオンが顔を上げる。
「俺が?」
「え?」
「いや」
主人は少し考えた。
「いつもこんな感じでしたっけ」
「どうかな」
主人は笑った。
レオンも少し笑った。
宿へ戻る。
机。
紙。
《ガルド》
《エルネはいた》
《ミリアはいた》
《俺は一人ではなかった》
レオンは最初の三枚を見た。
人の名前。
だった。
たぶん。
それぞれ。
大事だった。
そういう感じだけがする。
でも。
もう。
一枚ずつでは。
ほとんど何も分からない。
一番下。
《俺は一人ではなかった》
これは。
まだ分かる。
レオンは新しい紙を出した。
《俺は一人》
と書いた。
今。
そうだ。
その下に。
《前も一人だったことになっている》
書いた。
少し離して。
《でも》
手が止まった。
何を書く。
分かっている。
レオンは。
もう一度。
《俺は一人ではなかった》
と書いた。
三行。
《俺は一人》
《前も一人だったことになっている》
《俺は一人ではなかった》
長く見た。
どれも。
間違っていない気がした。
それが。
一番。
嫌だった。




