第八話 ミリア
その日は、朝から雨だった。
レオンとミリアは、ギルドの窓際で掲示板を見ていた。
外へ出る依頼は少ない。
「今日は休みにする?」
ミリアが言った。
レオンは少し考えた。
「それでもいい」
「珍しいね」
「最近、簡単なのばっかりだったし」
「それはレオンが選んでるんでしょ」
ミリアが笑った。
レオンも少し笑った。
二人で酒場へ移動した。
一階。
窓際の席。
ミリアはスープを頼んだ。
レオンは肉料理。
雨の音を聞きながら食べる。
「この前の本」
ミリアが言った。
レオンの手が止まった。
「何」
「ほら」
ミリアも止まった。
「……何だっけ」
「本?」
「うん」
少し考える。
「誰か読んでた気がする」
レオンは答えなかった。
ミリアはすぐに肩をすくめた。
「まあいいや」
話題は変わった。
新しくできた菓子屋。
王都の北側で工事が始まったこと。
ギルドの受付嬢が髪を切ったこと。
普通の話。
レオンは途中で紙を出した。
ミリアが見る。
「また書いてるの?」
「ああ」
「何を」
レオンは書いた。
《今日》
《レオン》
《ミリア》
《二人》
その下に。
《雨》
《酒場》
《ミリアはスープ》
「そこまで?」
ミリアが笑った。
「念のため」
「何の」
レオンは少し考えた。
「忘れないように」
「今日のことを?」
「ああ」
ミリアは不思議そうな顔をした。
でも、それ以上は聞かなかった。
食事を終える。
二人で店を出る。
雨は少し弱くなっていた。
「明日は晴れるかな」
ミリアが空を見る。
「たぶん」
「じゃあ依頼受けよう」
「ああ」
分かれ道。
「また明日」
「うん」
レオンは宿へ戻った。
部屋に入る。
机。
今日の紙。
《レオン》
《ミリア》
《二人》
《雨》
《酒場》
《ミリアはスープ》
レオンは一つずつ読む。
全部。
確か。
今日。
そうだった。
その下に。
《ミリアは髪を下ろしていた》
と書いた。
少し考えて。
《青い外套》
さらに。
《明日は依頼を受けると言った》
これでいい。
何が。
いいのか。
分からない。
でも。
書いておけば。
明日。
確かめられる。
レオンは紙を机の上に置いた。
眠った。
翌朝。
雨は上がっていた。
目を覚ます。
最初に紙を見る。
《レオン》
《ミリア》
《二人》
《雨》
《酒場》
《ミリアはスープ》
《ミリアは髪を下ろしていた》
《青い外套》
《明日は依頼を受けると言った》
全部ある。
レオンは少し安心した。
服を着る。
紙を鞄に入れる。
ギルドへ行く。
入口の前。
誰もいない。
レオンは少し待った。
中へ入る。
受付嬢が言った。
「おはようございます」
「おはよう」
レオンは掲示板の前を見る。
誰もいない。
「ミリア、まだ来てない?」
受付嬢が顔を上げた。
「ミリア?」
レオンは少し黙った。
「治癒術師。ミリア」
「どなたです?」
「《暁の剣》の」
受付嬢は首をかしげた。
「《暁の剣》はレオンさんお一人ですよ」
レオンは何も言わなかった。
鞄から紙を出す。
《ミリア》
昨日。
スープ。
髪。
青い外套。
「登録、見せてもらえる?」
「はい」
古い帳簿が出てくる。
《暁の剣》
所属。
レオン。
一名。
結成時から。
ずっと。
レオンはしばらく、その一行を見た。
ミリア。
ない。
紙を見る。
ある。
帳簿を見る。
ない。
また紙。
ある。
受付嬢が言った。
「誰かと勘違いしてません?」
レオンは答えなかった。
昨日のことを思い出す。
雨。
酒場。
スープ。
青い外套。
笑った。
菓子屋。
工事。
受付嬢の髪。
そこまで。
ミリア。
顔。
まだある。
声も。
少し。
「昨日」
レオンが言った。
「俺、ここに来た?」
「はい」
「一人で?」
「はい」
迷いのない返事だった。
レオンは紙を握った。
「そのあと酒場へ行った」
「そうなんですか」
「ミリアと」
受付嬢は何も言わなかった。
レオンも。
しばらく立っていた。
それから。
「今日はやめとく」
そう言って、ギルドを出た。
宿へ戻る。
机。
昨日の紙。
《レオン》
《ミリア》
《二人》
レオンは新しい紙を出した。
《昨日は二人だった》
書く。
その下。
《ミリアはいた》
さらに。
《スープ》
《青い外套》
《髪は下ろしていた》
書いた。
少し考える。
《笑っていた》
書く。
そこで。
手が止まった。
何が。
面白かった。
分からない。
でも。
笑っていた。
それは。
覚えている。
レオンは古い紙も出した。
《ガルド》
《エルネはいた》
そして。
《ミリアはいた》
三枚。
見る。
最初の二つは。
もう。
かなり遠い。
三枚目だけ。
まだ近い。
胸が痛んだ。
レオンは新しい紙に。
《俺は一人ではなかった》
と書いた。
書いてから。
しばらく。
動かなかった。
誰と。
分からない。
何人。
分からない。
でも。
一人ではなかった。
そのことだけは。
今は。
まだ。
分かった。




