第三話 昔の話
その日は、珍しく依頼が早く終わった。
王都近郊の森で薬草を採るだけの仕事だった。
Sランクパーティー《暁の剣》が受けるには簡単すぎる依頼だったが、昨日の西水路のこともあり、誰も難しい仕事を選ぼうとはしなかった。
指定された薬草は森の浅い場所に群生していた。
昼前には必要量が揃った。
「楽だったな」
ガルドが籠を覗き込む。
「たまにはこういうのもいいでしょ」
ミリアが言った。
エルネは採った薬草を一束持ち上げた。
「昔はこういう依頼ばっかりだったよね」
「低ランクの頃か」
レオンも覚えていた。
薬草採取。
荷運び。
害獣駆除。
行商人の護衛。
《暁の剣》も、最初からSランクだったわけではない。
四人で小さな依頼を積み重ねた。
そうして今がある。
王都へ戻る途中、小川のそばで休憩した。
木陰に座り、持ってきたパンを食べる。
ガルドが言った。
「最初の薬草採取、覚えてるか」
ミリアが笑った。
「あなたが毒草まで持って帰ろうとしたやつ?」
「あれは毒草じゃねえ」
「毒草だったよ」
「似てただけだ」
「だから危ないんでしょう」
エルネも笑った。
「結局、全部選り分け直したよね」
「そうだったな」
ガルドがパンをちぎる。
「夕方までかかった」
レオンにも記憶があった。
地面に布を広げた。
採ってきた薬草を一つずつ並べた。
葉の形。
茎。
根。
似ているものを比べて。
間違っているものを取り除いた。
そこまでは覚えている。
ガルドが言った。
「誰が見分けたんだっけ」
誰もすぐには答えなかった。
「ミリアじゃない?」
エルネが聞く。
「私?」
ミリアは首を振った。
「当時ほとんど薬草知らなかったよ」
「じゃあレオン」
「俺も知らない」
「ガルドは論外」
「おい」
ミリアが笑う。
エルネも。
「じゃあ私?」
エルネは少し考えた。
「いや。私もあの頃は本で調べながらだった」
ガルドが言った。
「じゃあ誰だよ」
また。
少しだけ。
会話が止まった。
レオンはパンを食べた。
「四人で本でも見たんじゃないか」
「そうかも」
ミリアが言った。
別に不思議ではない。
四年も前のことだ。
細かい手順なんて忘れている。
「でもガルド、途中で寝たよね」
エルネが言った。
ガルドが顔を上げた。
「寝てねえ」
「寝てた」
「寝てない」
ミリアも笑った。
「寝てたよ」
「お前ら適当言うな」
「『起こすなよ、今いいところだから』って言ってたじゃん」
「何がいいところなんだよ」
「知らない」
ミリアがパンを食べながら続けた。
「そのあと誰かが『ずっと寝てればいいのに』って」
そこまで言って。
止まった。
ガルドが見る。
「誰が?」
「え?」
「今の」
「何が」
「ずっと寝てればいいのに、って」
ミリアは少し考えた。
「……誰だっけ」
エルネが言った。
「私は言ってない」
「俺でもない」
レオンも言った。
ガルドはミリアを見る。
「お前じゃねえの」
「違うよ」
「じゃあ誰だよ」
ミリアは答えなかった。
小川の音だけがした。
少しして。
ガルドが鼻で笑った。
「どうせ誰かだろ」
「そうだね」
ミリアも笑った。
それで話は続いた。
昔、山道で雨に降られたこと。
橋が流されて、予定より一日遅れて王都へ戻ったこと。
北の砦で暖炉が壊れていて、一晩中寒かったこと。
宿代が足りず、四人で一部屋に泊まったこと。
「砦の時、誰かずっと文句言ってなかった?」
エルネが言った。
ガルドが答える。
「俺じゃねえぞ」
「まだ誰とも言ってない」
「こういう時はどうせ俺だろ」
ミリアが笑った。
「確かに、ずっと『寒い』って言ってた人いたよね」
「レオン?」
「俺は寒いの平気だぞ」
「エルネ?」
「私も違うと思う」
「じゃあガルドじゃん」
「だから俺じゃねえって」
四人で笑った。
少しして。
レオンは気づいた。
結局。
誰だったのか。
決まっていない。
でも。
誰も気にしていなかった。
昔の記憶なんて。
そんなものだ。
午後。
王都へ戻った。
ギルドへ薬草を納品する。
受付嬢が籠の中身を確認した。
「はい。問題ありません」
「よかった」
ミリアが言った。
報酬を受け取る。
それだけだった。
その夜。
四人はいつもの酒場にいた。
ガルドが二杯目の酒を頼む。
ミリアが呆れた顔をした。
「飲みすぎ」
「今日はいいだろ」
「昨日も言ってた」
「昨日は昨日だ」
エルネが本を開いている。
レオンは料理を食べながら、昼間のことを思い出していた。
「ずっと寝てればいいのに」
その言葉。
何となく。
声まで思い出せそうだった。
高い。
低い。
男。
女。
そういう感じではない。
ただ。
聞いたことがある。
何度も。
そんな気がする。
レオンは三人を見た。
ガルド。
ミリア。
エルネ。
「なあ」
三人が顔を上げる。
「何」
レオンは聞こうとした。
誰があの言葉を言った。
でも。
やめた。
「いや」
「何だよ」
「何でもない」
ガルドが酒を飲んだ。
話は別のものに変わった。
店を出たのは夜だった。
四人で少し歩き、分かれ道で別れる。
「また明日」
ミリアが言った。
「ああ」
レオンは一人で宿へ向かった。
途中。
ふと。
昼間の言葉をもう一度思い出した。
「ずっと寝てればいいのに」
今度は。
そのあとまで。
ほんの少し。
続いた。
誰かが笑った。
ガルドが、
「うるせえよ」
と返した。
ミリアも笑った。
エルネも。
自分も。
そこまで。
レオンは足を止めた。
では。
最初に言ったのは。
誰だった。
考えた。
出てこない。
でも。
その会話があったことだけは。
妙にはっきりしていた。
しばらく立っていた。
やがて。
レオンはまた歩き出した。




