第二話 どうやって
翌朝。
レオンは少し寝不足だった。
昨夜、あの紙を何度も見返したせいだ。
《パーティー離脱について》
《指示に従わないことが多い》
《単独行動が目立つ》
《一緒にいると》
誰について書いたのか。
思い出せない。
そもそも、本当に誰かについて書いたものなのか。
そこまで考えると、余計に分からなくなった。
ギルドへ着くと、三人はすでに掲示板の前にいた。
「遅い」
ガルドが言った。
「まだ集合時間前だろ」
「そうだけどな」
ミリアが振り向く。
「今日はどうする?」
掲示板には、いくつか依頼が出ていた。
街道の護衛。
近郊の害獣駆除。
古い水路の調査。
エルネが一枚を指した。
「これ、前にも行ったことない?」
西水路。
王都の西側に残る古い排水路だった。
レオンは依頼書を見る。
「そうだっけ」
「ある気がする」
ガルドが言った。
ミリアは首を振った。
「私は覚えてない」
「俺もはっきりしない」
レオンが言った。
「似たような場所、多いからな」
危険度はC。
夜になると奥から物音がするらしい。
《暁の剣》が受けるような依頼ではない。
だが、昨日の廃鉱と同じく、気楽に終わりそうだった。
「これでいいか」
三人とも異論はなかった。
受付を済ませる。
西水路までは徒歩で一時間ほど。
石造りの入口は、街道から少し外れた林の中にあった。
中は暗い。
エルネが光球を浮かべる。
水はほとんど流れていない。
四人で奥へ進む。
しばらくすると、通路が三つに分かれた。
レオンは立ち止まった。
「左からでいいか」
ガルドが言った。
レオンは、なぜか右を見ていた。
「右じゃないか」
「何で」
「いや」
理由はない。
ただ。
右。
そんな感じがした。
ミリアが笑った。
「前に来たなら覚えてるんじゃない?」
「だから、来たかどうか分からないんだって」
結局、左から調べた。
異常なし。
中央も。
最後に右へ入る。
少し進んだところで、通路が崩れていた。
ガルドが足を止めた。
「ここだ」
三人が彼を見る。
「何が」
レオンが聞いた。
ガルドは崩れた石を見たままだった。
「前もここ、こうだった」
「覚えてるのか?」
「……たぶん」
「この先は?」
ガルドは少し考えた。
「抜けられる」
エルネが光を近づける。
崩れた壁の右端。
人ひとり通れる程度の隙間があった。
ミリアが言った。
「よく分かったね」
ガルドは答えなかった。
四人で抜けた。
その先は小さな空洞だった。
古い木箱。
湿った壁。
奥に細い水路。
エルネが立ち止まる。
「ここ」
「何」
「来たことある」
今度は言い切った。
レオンにも。
そう言われると。
記憶がある気がした。
この空洞。
木箱。
水の音。
そして。
何か。
嫌な感じ。
「ここで戦った」
エルネが言った。
ガルドが見る。
「何と?」
「分からない」
「魔物?」
「たぶん」
「何匹」
「それも」
ミリアが少し笑った。
「全然覚えてないじゃない」
エルネも笑った。
「うん」
でも。
少しして。
「怖かった」
と言った。
誰もすぐには返事をしなかった。
レオンにも。
同じものがあった。
怖かった。
何かに追われたのか。
囲まれたのか。
戦ったのか。
その部分はない。
でも。
怖かったという感覚だけ。
ある。
ガルドが言った。
「戻ろうぜ」
「まだ奥がある」
レオンが言う。
「分かってる」
「なら」
「なんか嫌なんだよ」
珍しく強い口調だった。
レオンは少し迷った。
「……分かった」
その日はそこで引き返した。
王都へ戻る。
報告を済ませる前に。
レオンは受付嬢へ聞いた。
「西水路って、前にも俺たち行ってます?」
受付嬢は帳簿を確認した。
「ありますね」
四人とも顔を上げた。
「いつ」
「三年前です」
「何の依頼」
「水棲鬼の討伐」
ガルドが言った。
「何体?」
「三体」
エルネが聞いた。
「参加者は?」
受付嬢が帳簿をこちらへ向けた。
《暁の剣》
レオン。
ガルド。
ミリア。
エルネ。
四名。
「四人ですね」
何もおかしくない。
ミリアが言った。
「私、全然覚えてない」
「俺も」
レオンが答えた。
ガルドは黙っている。
エルネが聞いた。
「討伐方法って残ってます?」
「簡単な記録だけですね」
受付嬢が紙をめくる。
《水棲鬼三体討伐》
《依頼達成》
《負傷者なし》
それだけ。
ガルドが言った。
「負傷者なし?」
「はい」
「俺、水の中で戦えなかったぞ、あの頃」
レオンが見る。
「今もだろ」
「そう」
エルネも記録を見た。
「私は当時、水棲系に効く魔法をほとんど使えなかった」
ミリアが言った。
「私は攻撃できないし」
三人がレオンを見る。
「俺?」
レオンは少し考えた。
三年前。
当時の装備。
技量。
「俺も水中戦は無理だったと思う」
誰も喋らなかった。
「じゃあ水から引っ張り出したんじゃない?」
ミリアが言った。
「どうやって」
「罠とか」
「誰が作った」
「……」
また。
そこで止まった。
ガルドが笑った。
「昔のことだろ。忘れてるだけだ」
レオンも。
そう思うことにした。
記録はある。
四人。
三体。
依頼達成。
それでいい。
ギルドを出た。
昼をかなり過ぎていた。
近くの食堂へ入る。
料理が来るまで。
ガルドが言った。
「水棲鬼、三体だったよな」
「記録では」
レオンが答える。
「俺、四体だった気がする」
ミリアが眉を寄せた。
「今、三体って見たばっかりじゃない」
「分かってる」
「じゃあ何で」
「知らん」
エルネが言った。
「私は二体」
レオンが見る。
「二体?」
「うん」
「なんで」
「分からない」
ミリアが笑った。
「みんな適当すぎ」
その通りだった。
料理が来た。
話題は変わった。
食べながら。
レオンは水路のことを考えていた。
敵の数。
三。
四。
二。
どれも。
しっくりこない。
でも。
別のことだけ。
妙にはっきりしていた。
戦いが終わったあと。
誰かが言った。
「これで全部」
そんな気がした。
声は思い出せない。
誰が言ったのかも。
そもそも。
本当に聞いたのかも分からない。
レオンはそのことを言わなかった。
料理を食べ終える。
四人で店を出た。
それだけだった。




