第一話 追放
「お前を、このパーティーから追放する」
レオンは、そう言った。
酒場の二階にある個室。
王都でも名の知れたSランクパーティー《暁の剣》が、よく使う部屋だった。
窓際には重戦士のガルド。
その向かいには治癒術師のミリア。
隣には魔導士のエルネ。
そして、剣士であり《暁の剣》のリーダーでもあるレオンは、テーブルの脇に立っていた。
しばらく。
誰も何も言わなかった。
「……何だ?」
ガルドが言った。
レオンは彼を見る。
「何が」
「いや」
ガルドは少し笑った。
「今、何て言った?」
レオンは答えようとした。
自分が何を言ったのかは覚えている。
お前を、このパーティーから追放する。
間違いない。
「追放するって」
「誰を?」
ミリアが聞いた。
レオンは黙った。
エルネが本を閉じた。
「誰を追放するの?」
レオンは部屋を見た。
ガルド。
ミリア。
エルネ。
自分。
四人。
《暁の剣》は四人組だ。
そうだったはずだ。
「……いや」
レオンは椅子に座った。
「何だろうな」
ガルドが笑った。
「疲れてんじゃねえの」
「かもな」
それで済ませようとした。
テーブルの上に、紙が一枚置かれていた。
レオンはそれを裏返した。
自分の字だった。
《パーティー離脱について》
その下には、理由らしきものが箇条書きで書いてある。
《指示に従わないことが多い》
《単独行動が目立つ》
そして、
《一緒にいると》
そこで文章は途切れていた。
「何それ」
ミリアが身を乗り出した。
「知らない」
「レオンが書いたんでしょ」
「俺の字だな」
「誰について?」
レオンは紙を見た。
分からなかった。
ガルドが受け取る。
「俺じゃねえぞ」
「分かってる」
「何で分かる」
レオンは顔を上げた。
「……分かるだろ」
「まあ、俺も追放された覚えはねえけど」
ミリアが言った。
「私でもないよね」
「違う」
「エルネは?」
エルネは少し考えてから、首を振った。
「違うと思う」
四人とも黙った。
下の階から笑い声が聞こえた。
食器のぶつかる音。
誰かが店員を呼ぶ声。
いつもの酒場だった。
「俺たち」
レオンが言った。
「何人だったっけ」
ガルドが眉を寄せた。
「四人だろ」
「だよな」
「何だよ急に」
「いや」
レオンは紙を見た。
「じゃあこれ、何なんだろうな」
誰も答えなかった。
《暁の剣》は四人。
結成して四年。
王都近郊の討伐依頼を中心に実績を積み、去年Sランクへ昇格した。
前衛はレオンとガルド。
後方からエルネが魔法を撃ち、ミリアが負傷者を治す。
何度も危険な依頼を潜り抜けてきた。
四人で。
ずっと。
そうだった。
レオンは紙を二つに折った。
さらに折った。
捨てようとして。
やめた。
鞄に入れた。
「明日の依頼どうする?」
ガルドが言った。
その話に移ると、少し気が楽になった。
「北の廃鉱でいいんじゃない?」
ミリアが言う。
「最近、奥で変な音がするってやつ?」
エルネが聞いた。
「ああ。坑道の崩落か、魔物が入り込んでる可能性があるらしい」
「危険度Cか」
ガルドが依頼書を見る。
「Sランク四人で行く仕事じゃねえな」
「たまには楽なのでもいいでしょ」
「まあな」
レオンもうなずいた。
「じゃあそれで」
集合は朝八時。
北門。
必要な装備は最低限。
話し合いはすぐに終わった。
翌朝。
レオンが北門へ着いた時には、三人とも来ていた。
ガルドは大盾を背負っている。
ミリアは治癒杖。
エルネはいつもの黒い外套の下に魔導書を抱えていた。
見慣れた三人。
「全員いるな」
レオンが言った。
その言葉に。
ほんの少しだけ。
違和感があった。
ガルドが言う。
「いるだろ」
「ああ」
「何か忘れたか?」
「いや」
レオンは首を振った。
四人で北門を出た。
昼前。
廃鉱へ着いた。
中は暗く、ところどころ天井を古い木組みが支えている。
エルネが光球を浮かべた。
「奥まで確認する」
レオンが先頭。
ガルドが最後尾。
ミリアとエルネがその間。
いつもの隊列。
坑道の奥で、音の原因は見つかった。
古い支柱の一本が緩んでいた。
天井の重みを受けて、時折ゆっくりと軋む。
低い音が坑道全体に響いていた。
ガルドが支柱を見上げた。
「こりゃ確かに外からじゃ分からんな」
「放っておいたら落盤するかも」
エルネが言った。
「村に立入禁止を伝えて、補修依頼を出してもらおう」
魔物の痕跡はなかった。
他の坑道も確認する。
異常なし。
エルネが地図を閉じた。
「これで終わり」
「そうだな」
レオンが言った。
帰ろうとして。
四人とも。
少しだけ、その場に残った。
誰も動かなかった。
ガルドが言った。
「……何だ?」
「何が」
「いや」
自分でも分からないようだった。
レオンにも。
同じ感じがあった。
何か。
一つ。
やっていない気がする。
坑道を調べた。
魔物はいない。
危険箇所も確認した。
依頼主へ伝える内容も決まった。
それで終わりだ。
「行こう」
レオンが言った。
今度は全員動いた。
王都へ戻ると、ギルドで報告を済ませた。
受付嬢が報告書を確認する。
「支柱の補修が必要、と」
「はい。奥は立入禁止にした方がいいと思います」
「分かりました。鉱山管理者へ回します」
報酬。
銀貨の入った革袋が四つ。
一人ずつ受け取る。
何もおかしくない。
その夜。
宿へ戻ったレオンは、鞄から例の紙を取り出した。
《パーティー離脱について》
《指示に従わないことが多い》
《単独行動が目立つ》
《一緒にいると》
誰かを追放しようとしていた。
そう考えるのが一番自然だ。
でも。
誰を。
仲間は四人。
昔から四人。
ギルドの登録も。
依頼の記録も。
そうだったはずだ。
レオンは筆を取った。
《一緒にいると》
その続きを書こうとした。
危険。
連携が乱れる。
不快。
怖い。
どれも。
違う気がした。
レオンは筆を置いた。
灯りを消す。
横になる。
しばらくして。
あの場面を思い返した。
自分は立っていた。
「お前を、このパーティーから追放する」
そこまではある。
はっきりしている。
その先を思い出そうとした。
何もなかった。
言葉を向けた先に。
顔がない。
姿がない。
声がない。
空白になっている、という感じですらなかった。
最初から。
そこを見た記憶がない。
レオンは目を開けた。
暗い部屋だった。
自分があの言葉を発したことだけ。
そこから先へ。
記憶が続いていなかった。




