最終話 残ったもの
次の日。
男は依頼を受けなかった。
ギルドへも行かなかった。
朝から、酒場の二階にいた。
いつもの個室。
四つの椅子。
男は窓際に座っていた。
机の上には紙が三枚。
《 を追放した》
《俺は一人ではなかった》
《楽しかった》
それだけ。
他の紙は。
鞄の中。
名前。
場所。
人数。
依頼。
宿。
全部。
残っている。
でも。
今日は出さなかった。
男は三枚だけ見た。
《 を追放した》
何を。
分からない。
誰が。
分からない。
追放。
それが正しい言葉なのかも。
分からない。
《俺は一人ではなかった》
一人。
もう。
うまく説明できない。
でも。
この文を見ると。
胸が痛む。
《楽しかった》
何が。
誰と。
いつ。
分からない。
でも。
これは。
たぶん。
本当だ。
男は窓の外を見た。
通りを冒険者たちが歩いている。
三人組。
笑っている。
一人が何か言って。
二人が笑う。
男も。
少し笑った。
何が面白かったのか。
聞こえなかった。
それでも。
笑った。
しばらくして。
主人が料理を持ってきた。
「どうぞ」
「ありがとう」
主人は机の紙を見る。
「ずいぶん少なくなりましたね」
男は顔を上げた。
「前はもっとあった?」
主人が止まった。
「……ありましたよね」
「たぶん」
「何を書いてたんでしたっけ」
「忘れた」
主人は笑った。
「なら、もういらないんじゃないですか」
男も笑った。
「そうかも」
主人が部屋を出る。
男は料理を食べた。
肉。
パン。
水。
いつもの味。
食べ終わる。
机。
三枚。
男は一枚目を手に取った。
《 を追放した》
長く見た。
裏返す。
白い。
その上に。
《ごめん》
と書いた。
何に謝っている。
分からない。
でも。
消さなかった。
二枚目。
《俺は一人ではなかった》
裏。
《ありがとう》
書いた。
三枚目。
《楽しかった》
裏は。
白いままにした。
三枚を重ねた。
男は立ち上がった。
部屋を見る。
四つの椅子。
窓。
棚。
扉。
昔から。
ここだった。
たぶん。
「じゃあ」
誰に言ったのか。
自分でも分からなかった。
返事はない。
男は扉を開けた。
階段を下りる。
主人がカウンターにいる。
「お帰りですか」
「ああ」
「またどうぞ」
男は少し考えた。
「うん」
酒場を出た。
外は晴れていた。
人通り。
馬車。
店。
王都。
男はしばらく歩いた。
どこへ行く。
決めていなかった。
ギルドへ向かう道。
宿へ戻る道。
北門。
南門。
どこでもよかった。
男は歩いた。
それから。
その男がどうしたのか。
記録はない。
⸻
少し後。
酒場の主人が二階を片付けていた。
机の上に。
三枚の紙があった。
《 を追放した》
裏。
《ごめん》
《俺は一人ではなかった》
裏。
《ありがとう》
《楽しかった》
裏は白紙。
誰のものだろう。
忘れ物。
そう思った。
主人は捨てようとした。
やめた。
なぜか。
捨てない方がいい気がした。
三枚をまとめて。
カウンターの引き出しに入れた。
その日の夕方。
二階から。
若い冒険者たちの笑い声が聞こえた。
主人は少しだけ。
懐かしいと思った。
何を。
懐かしんでいるのか。
分からなかった。




