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第十二話 残る

その日。


レオンは依頼を受けなかった。


朝から、いつもの酒場にいた。


一階。


窓際の席。


主人が料理を持ってくる。


「どうぞ」


「ありがとう」


肉。


パン。


水。


いつものものだった。


レオンは少し食べて。


手を止めた。


紙を出す。


《俺は一人ではなかった》


何度読んでも。


以前ほど意味が戻らない。


一人。


その言葉が。


まだ少し引っかかる。


でも。


捨てる気にはならなかった。


主人が近くを通った。


レオンは呼び止めた。


「ちょっといい?」


「はい」


「昔」


主人が振り向く。


「俺、ここで誰かとよく食べてた?」


主人は少し考えた。


「誰かと?」


「ああ」


「……どうでしたっけ」


「分からない?」


「すみません」


「いや」


それで終わると思った。


主人は皿を一枚持って。


カウンターへ戻った。


レオンは食事を続けた。


少しして。


主人がまた来た。


「あの」


「何」


「今の話」


「うん」


主人は店の中を見た。


昼前で。


客は少ない。


「分からないんですけど」


「うん」


「前、この店」


少し考える。


「もっと笑い声が多かった気がします」


レオンは手を止めた。


「客が?」


「いや」


主人は首を振った。


「そういう感じじゃなくて」


「じゃあ何」


「分かりません」


主人は困った顔をした。


「よく笑う人がいたような」


そこで。


止まった。


レオンは聞いた。


「いた?」


主人は答えなかった。


しばらく。


二人とも黙った。


主人が小さく笑った。


「変ですね」


「そうだな」


「誰のことなんでしょう」


「分からない」


今度は。


レオンがそう答えた。


主人は仕事へ戻った。


レオンは紙を見た。


《ガルド》


《エルネ》


《ミリア》


名前。


だった。


たぶん。


今は。


ほとんど何もない。


でも。


笑い声。


その言葉だけで。


何かが少し動いた。


誰かが笑う。


それにつられて。


誰かが笑う。


もう一人も。


自分も。


そんな感じ。


顔はない。


名前もない。


声も。


はっきりしない。


それでも。


笑っていた。


レオンは新しい紙を出した。


《笑っていた》


書いた。


見た。


それだけ。


誰が。


書かなかった。


何人で。


書かなかった。


いつ。


書かなかった。


《笑っていた》


少しして。


胸の奥が痛んだ。


悲しい。


なぜ。


分からない。


失ったものがある。


そう思う。


でも。


何を失ったのか。


もう。


言葉にできない。


レオンは食事を終えた。


店を出る。


その日は。


王都を歩いた。


目的はなかった。


市場。


広場。


川沿い。


北門の近く。


どこも。


見覚えがある。


でも。


どの場所にも。


何か。


少し足りない。


そんな気がした。


川沿いで。


子どもたちが走っていた。


一人が転ぶ。


別の子が笑う。


転んだ子も。


少しして笑う。


レオンは。


なぜか。


そこでも少し笑った。


自分でも。


変だと思った。


何も面白くない。


でも。


笑った。


夕方。


宿へ戻る。


机。


紙。


《俺は一人ではなかった》


《笑っていた》


二枚。


並べる。


意味が足りない。


どちらも。


でも。


何か。


近い。


そんな気がした。


レオンは新しい紙を出した。


しばらく。


何も書かなかった。


それから。


《楽しかった》


と書いた。


筆が止まる。


本当か。


分からない。


記憶はない。


証拠もない。


誰と。


何をして。


どこで。


何も。


分からない。


でも。


その言葉を見た瞬間。


胸の奥が。


また痛んだ。


レオンは長く。


《楽しかった》


を見た。


その下に。


《と思う》


と書こうとした。


やめた。


《たぶん》


も。


書かなかった。


一度くらい。


断言してもいい気がした。


《楽しかった》


それだけ。


レオンは三枚を並べた。


《俺は一人ではなかった》


《笑っていた》


《楽しかった》


意味は。


完全には戻らない。


でも。


何かがあった。


それだけは。


少し。


分かる気がした。


翌朝。


レオンは目を覚ました。


机を見る。


三枚。


《俺は一人ではなかった》


《笑っていた》


《楽しかった》


最初の一枚は。


もう。


うまく説明できない。


二枚目も。


誰が笑っていたのか。


分からない。


最後の一枚。


《楽しかった》


レオンは。


しばらく。


それを見た。


意味は。


分かる。


楽しかった。


何が。


分からない。


でも。


それでいい。


そんな気がした。


レオンは三枚を重ねた。


鞄には入れなかった。


机の上に置いた。


その日は。


どこにも行かなかった。

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