迷子。
「二人とも朝だよ〜。」
遠くから聞こえた小春のお父さんの声で僕は、目を覚ました。
「ううん…」
「おはよう。小春。」
小春からの返事はない。
でも、これは多分…
「おはよう。小春。」
僕は、そう耳元で囁いた。
「ワァ!」
「ちょっと、バカ!」
小春が跳ね起きる。
「やっぱり、起きてたじゃん。」
「も〜。朝から変なことしないでよ!」
「小春もこういうの好きなんだね。」
もう一度同じことをする。
小春は反応しなかった。
「それは、お互い様でしょ?」
「ヒャィ!」
今度は、僕が耳元で囁かれた。
「ふふ。可愛いね。」
「やったなぁ〜。」
「そっちこそ〜。」
僕たちは、耳元で囁かれまいと激しい攻防を繰り広げた。
戦況が膠着状態になったとき、小春が柔道技を使って僕を押し倒した。
「ちょっと!それは反則でしょ?」
「何が〜?正しい技だけど〜?」
「あ、小春のお父さんおはようございます。」
「え?お父さん!」
よし、その隙に。
僕と小春の体を入れ替える。
「うわ、やられた。」
「そうだよ。お父さんなんかいないよ。」
「僕の作戦勝ちだね。」
「じゃあ、僕の好き勝手に。」
「ちょっと、待って。」
「待たないよ〜だ!」
「…お父さん、いるから。」
「またまたー。その手には乗らないよ。」
「…朝からお盛んだね。二人とも。」
「いただきます。」
僕たちは、手を合わせて朝ごはんを食べ始めた。
小春の両親がボソボソと小声で会話している。
ボソボソと会話をしていると思うと、今度は耳元で会話をし始めた。
…
…まさか、今朝の僕たちの真似をしているのか!
「ちょっと、お母さん、お父さん!」
小春が席を立って、両親を制止しに行く。
小春も気づいたようだ。
「なに〜?小春。」
小春のお母さんが楽しそうに返事をした。
「2人ともこうやって、楽しんだんでしょ?」
「私たちも2人の気持ちを理解しようと思ってね。」
「今の子ってこういうのが好きなのね。なんか、ゾクゾクするわ。」
「ねぇ、やめてよ!ほら、春輝からも、なんか言ってよ。」
小春が慌てて春輝くんに助けを求める。
「ふん。姉ちゃんたちもこういう事したんでしょ。なら、別にいいでしょ。」
春輝くんが呆れながら言い返した。
もしかしたら、春輝くんだけ仲間外れだったのが少し嫌だったのかもしれない。
なんて考えたが、それは言っちゃいけないと思った。
「おお〜。確かに、この感覚を新鮮だな。」
小春のお父さんが、からかい始める。
「ちょっと、お父さんも!」
「夕日は、だんまりなわけ?」
僕に会話が振られた。
「…恥ずかしいので、やめて欲しいです。」
「おお〜。すまんすまん。」
「ならこれは、今度お母さんと楽しむとするよ。」
「やだねぇ〜。お父さんったら。子供が見ている所で。」
小春の両親は、ベタベタと身を寄せ合っている。
「もう!絶対にやらないんだから!」
終始、僕たちは、小春の両親のペースで、朝ごはんを食べるしかなかった。
この度は泊めて頂き、誠にありがとうございました。
「夕日くんってば、本当礼儀正しいのね。」
「そうだな。小春も見習って欲しいよ。」
「はぁ〜?学校では、私の方がちゃんとしているんですけど?」
小春を無視して続けた。
「あ〜。そうだ。夕方ごろにまた来るのか?」
「はい。もう一回お邪魔させて頂きます。」
「何をするかは知らないのですが。」
「ふふん〜。楽しみにしておいてね。あ、財布だけ持ってきてね。」
「え?カツアゲ?」
「違うわよ!夕日には、どう映ってるわけ?」
「…」
「なんか言いなさいよ!」
「ごめんごめん。大切な人だよ。」
「キャ!夕日ったら〜。」
「ほら、そこまで!夕日くんのご両親だって心配するでしょ。」
小春のお母さんが会話を切り上げた。
「あ〜。最後にちょっと来て。」
「はい。」
小春のお母さんが小さく耳打ちする。
「制服のポッケに写真が入っているから。」
「!」
「じゃあ、またね。夕日くん。」
「はい。ありがとうございました。あ!あと、春輝くんにもよろしくお願いします。」
春輝くんはお見送りに来なかった。
僕は、ご両親に見送られ、家に帰った。
…
…
…
そろそろいいかな。
僕は、ポッケから写真を取り出す。
…ちょっと幼いかな。
…やっぱり可愛いな僕の小春は。
「ガチャ。」
玄関の鍵を開けて家に入った。
もちろん、誰もいないな。
「夕日!いままでどこにいたの!」
僕を呼んだのはママだった。
今、夕日って…
違う!そんなことより、昨日に限って家にいたのか。
「ごめん。昨日は、クラスの友達とカラオケに行ったんだ。あ、もちろん、親もいたよ!」
「そう…でも、許可もなしに遊びに行ったらダメでしょ?」
「うん、ごめんなさい。次から気をつけるよ。」
「…もうお姉ちゃんのふりなんかしなくていいのよ。」
「…え?どうして…。」
「離婚することになったの。」
「だから、昔みたいに、男らしく明るく笑う夕日でいいのよ。」
…僕ってそんな性格だっけ。
それよりも離婚って。
じゃあ、今まで何のために美月を演じていたの。
それに手を繋いでいた時だって…
朝ごはんを一緒に食べていた時だって…
何の意味が……
僕は膝から崩れ落ちることしか出来なかった。
「もう、大丈夫よ。大丈夫。」
心配してくれたママが背中をさすってくれた。
でも、それが気持ち悪くて涙を止めることなんて出来なかった。
「あ、そうそう。これを、夕日に。」
ママが僕にくれたのはスマホだった。
「今まで、不便な思いさせてごめんなさいね。」
「あの人が待たせたくない。って聞かなくて。」
「…」
「…うん、いいよ。ありがとう!」
「じゃあ、仕事だからもういくね。」
「そうだね!行ってらっしゃいお母さん!」
「ママだとちょっと女々しいもんね。分かった、お母さん行ってくるね。」
そう言って、お母さんは仕事に向かった。
そうか。これからは、お母さんが望む夕日になればいいんだ。
…夕日。
僕ってなんだろう。




