薄闇
「制服、洗濯してしまったわよ?」
そう、小春のお母さんは僕に告げた。
「洗濯に出てたから、今日は泊まっていくのかと思ったのよ。」
「…」
「…」
「僕は、どうやって家に帰ればいいんでしょうか。」
「別に、そのままメイド服で帰ればいいんじゃない?」
小春が僕を嘲笑する。
「問題ないなら父さんの服を貸し出してもいいが…」
「やめて。」
小春が、素早く反応した。
「…酷い。」
「あ〜、違う違う!サイズが合わないんじゃないかなぁ〜って。」
流石にマズイと思ったのか、すぐに言い訳をした。
「ふふ。夕日くんさえ良ければ家に泊まっていってもいいのよ?」
「はい。お言葉に甘えて、是非お願いします。」
メイド服で帰りたくなかった僕は、食い気味に反応してしまった。
失礼ではなかっただろうか。
「ふん!仕方ないから泊まらせてあげる。」
「小春ったらね〜、本当は泊まって欲しいんでしょ?」
「ち、ちがうよ!」
「あ!私、お布団の用意してくる!」
「はいはい。分かりました。」
そう言って小春は部屋から出ていった。
「も〜。小春ったら、食器も片付けていかないで。」
「あ、僕が運びます。」
「ん?いいのよ、お客さんはくつろいでいて。」
僕が、食器を片付けようとするのを制止した。
「あ!夕日くん。ご両親に連絡しないとだね。」
小春のお父さんがそう僕に言った。
「そうですね。何か、電話出来るものを貸していただけますか?」
小春のお父さんが僕にスマホを貸してくれた。
「ありがとうございます。外で電話してきます。」
僕はなるべく音を立てないように玄関から外にでた。
「…」
知らないんだよなぁ。
両親の連絡先なんか。
それに、家にいなくたってバレないから連絡しなくてもいいか。
足がスースーする。
…
…
僕は頃合いを見て、小春の家に戻った。
「どうだった?夕日くん。」
「はい!泊まってもいいとのことでした。」
「今日は厄介になります。」
「厄介だなんて。今日は、賑やかになるな。」
「はは。ありがとうございます。」
「そうだなぁ。何して、遊ぼうか…」
「だめだよ、お父さん!」
後ろから小春の声がした。
「夕日は私のものなんだから。」
「お〜すまんすまん。あんまり、うるさくしたらダメだぞ?」
「うん!分かった。お父さん。」
明るく小春は返事をした。
本当に微笑ましい雰囲気だな。
「っけ、僕は別にいいなんて言ってないけど?」
春輝くんが不機嫌そうに口を挟んだ。
「春輝〜?また、お姉ちゃんに怒られたいの〜?」
「別に…そんなんじゃないし。」
小春の怖い一面を知っているからか、すぐに静かになった。
僕に対しては、女装させたけど、春輝くんにはどう怒るのだろうか。
柔道技で押し倒すのか、それとも強く叱るのか、
「夕日、お風呂先いいわよ。」
「あ、うん。分かった。」
僕の、何気ない考えは小春の声で簡単に中断された。
「お風呂こっちだから。」
「うん。」
僕たちは、お風呂場まで移動した。
「着替えは、これね。あと、バスタオルはこの黄色の。歯磨きはこの青いのね。」
「うん。ありがとう。」
「じゃあ、ごゆっくり。」
そう言って小春は脱衣所を出た。
僕は、重々しいメイド服を脱いでお風呂に入った。
今日はやけに、疲れたな。
湯船に浸かりながら、一日を振り返る。
思い返してみれば、色々な事が起こった。
小春とコンビニに行って遅刻して怒られて。
それで、小春に手を握り潰されて。
春輝くんに会って。
…
嫌われてはないよね?多分。
なぜだか、小春に怒られて。
渾身のギャグもスルーされて。
メイド服を着て。
ご両親に会って。
いま、家に泊まっていると。
…
よくよく考えたらここまで小春は計算していたんじゃないか?
ご両親が帰ってくる時間だって分かるはず。
それなのに、メイド服を着せた。
それに、僕の制服が洗濯されていたのも、きっと小春の仕業だろう。
…
敵わないな、小春には。
そろそろ、上がるか。
僕は、体から水を切ってお風呂場からでた。
タオルは、確か黄色だったかな。
黄色のタオルを取って、体と髪を拭いた。
服は…これか。
なんか、少し可愛らしいデザインだな。
サイズはぴったりかな。
よかった。着れる服があって。
このままじゃ、ずっとメイド服で過ごすことになっていた。
ドライヤーはないな。
次は、歯を磨いて、
…コップはこの、紙コップかな?
よし、終わり。
僕は、小春の部屋へ向かった。
「あがったよ。」
「ん。こっち来て。」
小春は既にドライヤーとヘアオイルを持って準備していた。
脱衣所にドライヤーがなかったのは、これか。
今日一日、小春のペースだな。
小春は初めに、手をヘアオイルで馴染ませた。
小春の匂いだ。
なんて、考えている僕は少し気持ち悪い。
ヘアオイルをコームで馴染まされ、ドライヤーで髪を乾かされた。
ドライヤーで、小春の匂いが部屋中に広がる。
「ちょっと。前髪。」
「私しかいないんだから。いいでしょ。」
「…うん。」
「あ、服のサイズは大丈夫だった?」
「うん。大丈夫だったよ。」
「それ のだから。」
「ん?なに?」
ドライヤーの騒音で小春の声がかき消されて、よく聞こえなかった。
「それ、私のだから。」
「!!!」
耳元で囁かれたのと、告げられた衝撃の事実に僕の体が過剰に「ビクッ!」っと反応した。
こんなの、まるで小春に。
「私に抱かれているみたい。かな?」
「ち、ちがう!」
「え〜、図星でしょ?」
「…う〜。」
俯いて、照れている顔を見られないように抵抗した。
早く終わってくれ。と思っても僕の長い髪がそれを許さない。
今以上に、この長い髪を恨んだことはなかった。
「歯磨きは?」
「もう、終わったよ。」
「じゃあ、先寝てていいわよ。」
「え?」
「え?って何よ。」
「もしかして、もっと遊びたかったの?」
「うん。少し。」
「それなら、漫画とか適当に読みながら待ってて。」
「分かった。」
小春はそう言ってお風呂に行った。
漫画か。
そういう気分でもないな。
布団で待っているか。
…
…
…
眠いなぁ。
起きてないと……
僕の意に反して、意識は深い眠りについた。
ん?
寝返りをしたとき、何か固いものに当たって僕は目を覚ました。
…
…
小春との約束を破ってしまったか。
当たった固いものなんかより、そのことに意識がいった。
慎重に確認すると、それは。
小春の頭だった。
「うわ!」
反射的に声が出た。
…
起こしてはいないか。
…
…
少しくらい触ってもいいかな。
少し大きな声が出たが、小春が起きる気配はない。
少しくらい。いいよね。
抵抗しない小春の体に僕は手を伸ばした。
「いつも、ありがとう。小春。」
僕は、小春の頭を優しく撫でた。
「どういたしまして。」
小春の目は開いていた。
「…起きてること知ってたし。」
「嘘つき〜。」
「嘘じゃないもん!本当だよ。」
「ふふ。夕日のことなら、何でも分かるよ。」
「…ズルい。」
「意気地なしだね。てっきり、体でも触るのかと思ってたのに。」
「そんなことするわけないだろ!」
「や〜い、童貞。」
…こんなこと言うなんて、小春は誘っているのか。
薄闇の中で目が慣れてきて、
小春の顔がはっきり、見えるようになった。
「小春?」
「なに?夕日。」
「そういうつもりで来たんだよね?」
「…さぁね。」
「…僕だって、小春の考えていること分かるよ。」
「エッチ。」
僕は、小春の腰に手を回して、自分の体に押し付けた。
その時偶然、僕の手が小春の素肌に当たった。
「キャッ!」
「ワザとらしい声だね。」
「バレてるか。」
「でも、可愛いかったよ。」
「バカ。」
小春の素肌に触れたのは、今のが初めてかもしれない。
2人の間に長い沈黙が続いた。
…
…
…
「寝よっか。」
「うん。そうだね。」
「おやすみ。小春。」
「おやすみ。夕日。」




