視野狭窄
僕は今、
…
…
…
メイド服を着ている。
…
小春は、無言でクローゼットを漁り、何で持っているか分からないメイド服を取り出した。
これも、小春の母親の趣味で買ったのを与えられたのかもしれない。
まだ、さっきの服の方がマシだった。
メイド服を最初に出さなかったのは、小春にもまだ、僕に対する慈悲が残っていたからだろう。
でも僕は、それに気づくことができなかった。
無言で、メイド服を僕の前に置き、有無を言わさない表情で僕を睨む。
それに抗う言葉も手段も術もない。
僕は、シャツを脱いでメイド服を着るしかなかった。
考えているだけで恥ずかしい。
胸がドキドキする……
いや!
そんな事ない!
今は、多様性の時代だ!
男の子がスカートを履いてもいいし、女の子がズボン履いていいんだ!
そうそう!
だから、メイド服を着ることも…
着ることも…
「ゆ〜う〜ひ〜ちゃ〜ん?」
「は、はい!」
「ズ ボ ン 脱 い で?」
「…」
「ゃ、」
「やめてください…」
「べ ル ト 外 し て?」
「…」
小春が、僕に近づいて、服の襟を掴んだ。
「ふわっ。」
体が宙を舞って、僕は床に押し付けられた。
「昔は、柔道を習っていたから、可愛い女の子くらい簡単に、優しく制圧できるんだ〜。」
「片手は空けといてあげる。」
「あ と は 分 か る よ ね?」
僕に残された選択肢は一つだけだった。
足がスースーする。
この、メイド服はスカートの丈が一般的なものより、だいぶ短い。
少しでも油断すると、下着が見えてしまいそうだ。
…体が暑い。
エアコンは、小春が部屋に入る時につけたはずだ。
僕の心臓は、ドクン、ドクンと激しい運動後のように脈打った。
「ほら、立って?」
「…え?」
「だって、最後にリボンを腰に巻かないと。」
僕にはもう、抵抗する力も意思もない。
スカートが「ふわっ」と捲れないように、慎重に体を起こした。
「よし、リボンはこれでいいわね。」
「後は、カチューシャを着けて…」
「終わり?ねぇ、もう脱いでいいですか?」
小春の耳に、僕の声が届くことはなかった。
「う〜ん。何か足りないわね。」
「あ!え〜と。確かここに…」
「はい、これ着けて!」
「渡されたのは、ただの丸いメガネだった。」
僕は、言われるがままに、メガネをつける。
「うん!完成だね。」
「なんか、ドジっ子メイド?って感じ!」
「どう思う?夕日?」
ニヤニヤと笑う口を手で隠しながら、僕に聞いた。
「笑うくらい変なら、着させなきゃいいのに!」
「ん〜?違うよ〜?」
「あまりにも、似合ってたからさ〜。」
「ほら、鏡見て?」
「ゃ、やだ!」
「見たくない!」
「ふ〜ん、そっか、そっか〜。」
「春輝〜。ちょっと、来て〜?」
「来ちゃダメ!」
これ以上の醜態を晒したくない!その一心で、声をあげるも、素早く小春に手で口を押さえられた。
「なに?お姉ちゃん?」
「…え?」
「夕日さん?」
「夕日さん!?」
「うん。春輝は、どう思う?」
「…似合っているとは、思いますよ?」
「でしょ?性別は、置いておいて。笑」
「ほら!似合っているって。」
「良かったね〜。夕日。」
「う、うるさい!」
「似合ってても、もう、二度と着るもんか!」
「も〜。またまた〜。本当は、着たいんだよね?」
「夕日。」
「ふん!」
「ご主人様に口答えかな〜?」
「う、そんなこと滅相もございません。」
呼び方は、既に元に戻っていた。
でも、油断できない。
今日は、小春を怒らせないようにしないと。
「ガチャ。」玄関を開ける音がした。
僕は今、小春の家族と一緒に夜ご飯を食べている。
メイド服からは、まだ着替えていない。
「まさか、小春の彼氏が来ているとはな。」
小春のお父さんが、嬉しそうに言った。
「そうねぇ〜、しかも、メイド服を着ているなんて。」
小春のお母さんが、少しニヤつきながら言った。
彼女の両親にこんな、姿で会う事になるなんて…
「あ、ちょっと待ってね。」
スマホをヒョイヒョイと操作して、僕に写真を見せた。
画面には、小春のメイド姿が映し出されていた。
「後で、写真あげるね。」
そう、小さく耳打ちした。
「ん、お母さんどうしたの?」
「別に、なんでもないわよ。小春。」
さっきから、酷く意地悪されてきた。
だから、小春のメイド姿を見て、少しだけ溜飲が下がった気がした。
「こんなのが、お姉ちゃんの彼氏だなんて。」
「本当、どうかしているよ。」
春輝くんが会話を切り出した。
「そんなことないわよ、春輝。」
「大事なのは、中身なんだから。」
「もちろん、私の彼氏は見た目もいいけどね。」
「こんな、汚い座敷童みたいなやつ。」
「…あはは、よく言われます。」
「けっ、年下にも敬語なんて、使っちゃって。」
小春の空気が変わった。
「…春輝、ちょっと待ってなさい。」
小春は少し、怒った雰囲気を出して席を立った。
「こら小春。まだ、ご飯中だよ?」
小春は、静止を無視して部屋から出ていった。
「ごめんなさいねぇ〜。うちの子が。」
「そうだぞ。春輝。他人の容姿なんて、いちいち弄るな。」
「みんな違って、みんないいんだ!」
「こちらこそ、すみません。でも、家庭の事情で髪を伸ばさないといけないんです。」
そう、話しているうちに、小春が戻ってきた。
手に持っていたのは、短めのヘアピンだった。
「はい、夕日。こっち、向いて。」
「うん。」
次に小春がすることなんて、容易にわかった。
言われるがままに、小春に身を預ける。
「はい。できた。」
「カッコいいでしょ、私の彼氏。」
小春は、僕の前髪を片目だけ隠れるようにした。
「目はキリッとしているし、それに、瞳が宝石みたいに綺麗なんだよ。」
「お〜。そうか、そうか。」
「でも、それならなんで、片目を隠すんだ?」
「ふふん〜。」
「私が、独占するから!見せてあげない!」
そう言って、小春は、僕に体を寄せた。
不覚にも僕は、「ビク!」と体を反応させてしまった。
春輝くんは、何かいけないものを見ているような顔をした。
「うちの娘は、情熱的だね〜。」
「本当にそうだな。母さんに似たんじゃないか?」
「やだもう。お父さんに似たのよ。」
小春の両親は、本当に仲が良い。そう思った。
…
…
…
家族ってこういうものなのかな。
普通に、
皆んなでご飯を食べて、
話し合って、
笑って、
…羨ましいな、
気がつくと、全ての料理を食べ終わっていた。
「ご馳走さまでした。」
「美味しかった〜?私も手伝ったんだよ?」
「うん。美味しかったよ。小春。」
「また、食べたいよ。」
「でしょ!また、作ってあげる。」
「こらこら、夕日くんだって、家族がいるんだから。」
「少しは、夕日くんのご家族だって、大切にしなさい。」
「ふん!」
小春は、そう言ってお父さんの言葉を一蹴した。
「あ!今日は、夜ご飯まで、食べさせて頂きありがとうございました。」
「これ以上は迷惑になるので、お暇させて頂きます。」
「…」
「…」
ん?何か不味いことを言ってしまったか?
「…どうかしましたか?」
…
…
「制服、洗濯してしまったわよ?」
そう、小春のお母さんは僕に告げた。




