日常
小春の元気がない。
小春は、中学校に入学してから、無遅刻無欠席で皆勤賞を狙っていた。
それを、あんなくだらないことで、逃してしまったから当然だろう。
「小春?」
「…」
「…」
「小春さん?」
「なによ。」
「一緒に帰りませんか?」
「…」
「今日のことは誠に申し訳ございませんでした。」
「…」
「ふん、帰るわよ。」
「はい。分かりました。」
「…」
「スゥー」
僕はさりげなく手を繋ごうとした。
「痛ぃ!」
「手繋ぎたいんでしょ???」
「いいわよ???繋いであげる。」
小春の握力で、手をギチギチに圧迫される。
「あのー。本気で痛いんですけど…」
僕は苦悶の表情を浮かべながら小春に言った。
「え〜?夕日くんが手を繋ぎたいんですよね?」
不気味なほど明るく、悪魔的な笑顔で言い返した。
「…」
「はい。そうです。」
「手を繋げて嬉しい限りです。」
「ほら!帰るわよ。」
小春は握力を更に強めて、僕たちは教室を出た。
痛がる僕と、不気味に笑っている小春。
それを面白がって、
すれ違うクラスメイトからは、クスクスと笑う声が聞こえた。
今まで、甘えていたから忘れていた。
小春は怒ると怖い女だった。
暫く歩いていると急に小春が立ち止まった。
「…小春さん?」
小春は掲示板を見て、不敵に笑った。
絶対に何かヤバいことを企んでいる。
「ねぇ、夕日くん?」
「明日、土曜日だけど、なんか予定入っている?」
「…特に、予定はないけど。」
「じゃあ、明日、私の家きてね。」
「…」
「返事は?」
「…」
「はいかYesか喜んでだよ?」
「あ!そろそろ、お別れだね。」
「じゃあ、小春さん。また、明日ね。」
「あ、ぐっ……!」
小春に万力の握力で締め付けられた。
今回のは、本当にヤバい。
「やだなぁ〜、夕日くん。」
「今日も、家に来るに決まってるでしょ?」
「…」
「返事は?分かるよね?」
「…」
「喜んで…」
「うん!よく出来ました!」
小春はそう言って、僕を引きずりながら、家まで連れていった。
家、着いたわよ。
鍵を使って、ドアを開けるためにようやく手を放してくれた。
手は紫色に変色していた。
本当にもう怒らせないようにしよう。
そう、心に誓った。
「ガチャ」
「ただいま〜!」
「…お邪魔します。」
ドアから顔だけ出してこっちを、覗いている男の子がいた。
「お姉ちゃん。お帰り。」
「うん。ただいま、春輝」
「…」
「ねぇ、お姉ちゃんの彼氏って。」
「うん。この人が彼氏の夕日。」
「....初めまして、春輝くん。」
「夕日です…」
「…」
「...髪長くて、女の子かと思った。」
「ん?あ~そうそう。」
「私も初めて見た時はそう思った。」
「でも、こう見えても男らしい一面があったりするんだよ。」
「…」
「そうなんだ...」
春輝くんが不満そうに返事をした。
「…」
「...もしかしてさ。」
「何ですか?」
「お姉ちゃんともっと遊びたかったの?」
「違うよ!そんなんじゃないし!」
顔を赤くしながら言い返した言葉に説得力はなかった。
僕は、やっぱり兄弟なんだと改めて認識した。
小春の方を見ると、少しニヤついている。
「ふ~ん。」
「じゃあ、お姉ちゃんたちは部屋で遊んでいるから。」
「別に混ざってもいいんだよ、春輝?」
「いいの!宿題があるから!」
そう言って、「バタン」と強くドアを閉めた。
「小春って弟いたんだね。」
「...」
「ねぇ、小春?」
「...」
「小春さんって、弟がいたんだね。」
「うん。そうだよ。3歳下の弟。」
「本当に小春さんに似てそっくりだね。」
「え?どこが、春輝と似ているのよ。」
「ん?照れると顔が赤くなる所とか。」
周りの温度急に下がったような気がした。
「...」
「ふ~ん。そっか。そっか。」
「照れると顔が赤くなる所...ね。」
何かまずい事を言ってしまった。
「ごめん...小春さん。」
「ん?いいのよ?謝らなくて。」
「思ったことを、はっきり言ってくれて、とっても嬉しいよ。」
「...」
「じゃあ、こっちが私の部屋だから。」
僕たちは、小春の部屋まで移動した。
小春の部屋には、アニメや漫画のグッズ。
その他には、難しそうな本や勉強道具が置かれていた。
「あの~。小春さん。」
「僕たちは、何して遊ぶのでしょうか。」
「...」
敬語で話しかけても返事はない。
「夕日ちゃん。」
「今日は、お着換えして遊ぼうと思うの。」
「…夕日ちゃん?」
「そう。夕日ちゃん。」
そう言って、女物の服を何着か取り出した。
「どっちの服を着たいか選ばせてあげる。」
小春が出したのは、真っ白のワンピース。
そして、ひらひらとしたピンクのオフショルダーと真っ黒のスカートの組み合わせだった。
「…」
「お母さんがね。変な服ばっか買ってくるから困ってたの。」
「明らかに中2女子が着るような服じゃないのよね〜。」
そう思ってるなら、それを中2男子に着せるのは、おかしいと考えるのが普通である。
正直に言って、どっちも着たくない。
普通に恥ずかしいし、それに、女装なんかしたことがない。
両親もそこまでは、強制しなかったのに。
「…」
「あ!髪も結わないとね〜。」
「じゃあ、結んでいる間が制限時間ね。」
小春はブラシを取り出し、そそくさと髪をまとめていく。
マズイ、このままじゃ本当に女装することになる。
…
…
あ!そうだ。以前、小春に借りた漫画の回答を参考にしよう。
オタクの小春を笑わせることができたら、なんとか逃れることができるかもしれない。
そう考えているうちに、髪はポニーテールにされていた。
「はい。夕日ちゃんできたわよ。」
「じゃあ、どっちにする?」
「…」
「…」
「…夕日ちゃん?」
小春が首元に手を移した。
いつもの、暖かい手とは違う。
雪のように冷たい、温度のない手だった。
変に冷たい汗が背中を撫でる。
これに、賭けるしかない!
「3、2、1、」
「答えは沈黙。」
「正解なんて、ない!」
そう言って恐る恐る小春の方へ振り返った。
見上げた小春の顔は…
…
…
…
…
…
何もかもを燃やし尽くす、絶対零度のような目で、僕を見下ろしていた。




