侯爵令嬢
わたくし、クラウディア・マルシィはマルシィ侯爵家の長女として生を受けました。
セドリック様の婚約者選びを兼ねた茶会の場で、同世代の令嬢が「レース編みが得意だ」とか、「香り袋を仕立てるのに精を出している」と自信のアプローチをする傍らで、読みかけの恋愛小説の続きに心を馳せていた。
あの小説は、互いに敵同士の貴族の家に生まれた主人公とヒロインの姿が印象的だった。
結末はどうなるのだろうか、とハラハラしながら読み進めている。
―――そんな茶会の場で、騎士団の修練場から逃げ出したらしい銀狼が飛び込んできた。
護衛騎士に誘導されながら悲鳴を上げて逃げ惑う光景が焼き付いている。
銀狼がセドリック様に向かっていた。
護衛騎士の配置から、セドリック様を助けに向かったとしてもほんの1秒、間に合わないだろう。
わたくしの位置からなら魔術が届く範囲に銀狼はいる。
【拘束】
光の鎖が銀狼を地面に縫い付けた。
何が起きたのか把握出来ていない銀狼は、光の鎖の拘束から逃れようともがいていた。
『駄犬如きが、殿下に触れる事を赦されると思っているのかしら?』
わたくしは、王国の貴族に生まれた者の責務として行動しただけだったのだけれど、セドリック様は
「自分の身に危害が及ぶ事を顧みず、私を救ってくれた恩義に報いたい」
と、わたくしを婚約者として選ばれたのでした。
幼年学校を卒業し、初等部へと進学してから、大人達からは
「淑女としては申し分ないのに、言葉選びが壊滅的、絶望的」
そう口にされる事が多くなりました。
思えば、わたくしの発言の意図を汲む事が出来る方は両親とセドリック様、幼年学校から共にしている同窓の友数名程しかおりません。
それでも構わないと思っていたのですが、初等部から同窓となった【聖女】アスタリア子爵令嬢と、その御友人方はわたくしの発言をそのままに受け取り、あろう事か、
「悪役令嬢に虐げられる聖女」
と言う構図を学園内で広めて回るのでした。
どうしたものか、と頭を巡らせている折りに学園の生徒ではない少女が中庭にいるのを見付けました。
認識阻害の魔法で生徒に見える様にしていましたが、王子妃としての教育を受けているわたくしには、何の意味もなさないものでした。
ただの不審者、ではありません。
魔力の流れからして貴族、...いえ、貴族よりも上の身分である事は分かりました。
「イザベル・シルベスター。シルベスター伯爵家の末の娘」
イザベル様は、そう名乗りました。
現在のシルベスター伯爵家には男子しかおりません。
イザベル様の魔力からは確かに、シルベスター伯爵家の流れを感じます。
帝国の皇帝陛下の側妃の1人に、シルベスター伯爵家の娘がいます。ジェーン妃です。
ジェーン妃には、長らく秘されている娘と、エリツァ辺境伯として領地経営をなさっている御子息、マクシミリアン様がいらっしゃいます。
つまり。
イザベル様は、帝国の皇女殿下です。
わたくしは、この時程、己れの言葉選びの壊滅さを呪った事はありませんでした。




