判決ー領民の命を軽んじた代償
カンッ!
短いようにも長いようにも思える時間の後、裁判長は木槌を叩いた。
「では、判決を申し渡す」
息を呑む音が、響く。
「被告セレーネ・ブラックウッド及びエリアス・ブランシェに対し、連帯で金貨12万枚の損害賠償を命ず」
法廷がどよめいた。
セレーネとエリアスの顔に、最早血の気はない。
「内訳は、横領及び不正換金されたハワード家資金金貨1万2千枚、治水工事の妨害、それにより生じた遅延に対する賠償金貨2万5千枚、不貞によるハワード家名誉の失墜による損害として金貨2万枚。また、不正に取得した財産については全て返還を命ずる。」
セレーネの喉から、ひっ、と小さな悲鳴があがった。
「被告らが期限までに賠償金を完納できない場合、所有する全ての資産について差し押さえ競売を認めるものとする」
裁判官は淡々と、そして容赦なく判決文を読み上げていく。
「なお、両被告の責任は共同不法行為によるもの。よって、一方の支払い不能を理由としての支払い義務は免れない」
そして裁判官は一旦言葉を切り、ガレスに向かって尋ねた。
「支払い方法に希望は?」
「一括、そして現金での返済を希望します。期限は本日より一か月以内にお願いします」
「そんなの無理に決まっているだろう!」
「そうよ! 何を考えているの!?」
2人がそう叫ぶも、ガレスは意に返さない。
「では最初から、このようなことをしなければ良かったではないですか」
淡々とそう告げれば、2人は目を見開いた。
「まず、ブラックウッド嬢。貴方は出会った当初から、私のことを『便利な存在だ』と見下しておりましたね。貴方は上手く隠していたつもりのようですが、言葉や態度の端々からそう感じるには充分過ぎる程でした」
冷静な表情と声が逆に恐ろしい。
セレーネの歯が、かちかちと音をたてた。
「それでもブラックウッド家から頼み込まれていたため、私なりに貴方に心を砕いておりましたが、伝わることはなかった。……なので何時離婚を切り出されてもおかしくない、そう覚悟はしておりました」
なのに、とガレスは目を狭め、セレーネと、そしてエリアスを睨みつけた。
「領地経営ごっこや恋愛沙汰のために、治水工事を遅らせ、領民の命を危険に晒した時点で、容赦などしないと決めた」
ガレスはぐっと手を握り込む。
「あなた方も伯爵という立場なら分かっている筈だ。領民を支配している立場なら、領民なしで生きていける筈がない。貴族として教育を受けて来た筈なのに、何故それが分からなかった? 働くための農地が流されれば領地は荒れ、領民がいなくなれば税収はなくなる」
さらに血が滲み出る程に拳を握り込み、ガレスは叫んだ。
「そのような基本的なことも忘れ、己の欲を優先し、領民の命を軽んじたあなた方に、貴族たる資格などない!!」
ひゅっ、と息を呑む音が響く。
『資格がない』と突き付けられた2人は、半ば呆然としているようだ。そして傍聴席も鋭く、冷たい視線を2人に注いでいる。
傍聴席には、付き合いの深い貴族の姿が数多くある。セレーネとエリアスの醜態を目の当たりにした彼らの今後の行動は、推して知るべしだ。
「では、これにて閉廷!」
コンッ!
木槌の音が鳴った瞬間、ガレスはようやく身体の力を抜くことが出来た。
一礼して法廷を後にしようとすると。
「待ってガレス! わたくしはこの男に騙されていたのよ! お願い、許して!」
「はあ!? お前が冷遇されているなどと言ったから! 騙しやがって、この女狐め!!」
「何ですって! 妨害は貴方が勝手にやったことでしょう!?」
「お前がそうでもしないと離婚に応じないと言ったからだろう!!」
見苦しい罵り合いが背後から聞こえてきたが、ガレスは一切振り向くことはなかった。




