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数字は嘘を吐かない? 人は数字でいくらでも嘘を吐く。  作者:


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3/5

開廷

 裁判当日。


 ガレスは弁護士と共に入廷した。同じく入廷したセレーネはエリアスと共に憎々しい、という様子で睨みつけてきたが、ガレスはただ静かに2人を見据えている。


 裁判長が書類を捲り、口を開いた。


「原告、ハワード伯爵家当主ガレス」


 続いて被告であるセレーネとエリアスの名も呼ばれた。瞬間、2人からの視線も鋭いものとなったが、ガレスは涼し気な顔でそれを受け止める。

 続いて書記官が頷いて、書類を読み上げた。


「原告は被告に対して不貞行為による損害賠償、財産横領に対する返還請求、並びに離縁届提出に関する詐欺行為についての刑事責任追及を求めるものである」


 淡々とした口調が、より重く感じられる。


(向こうは弁護士を立てていないのか……随分と甘くみられたものだ)


 ガレスはそう思いながら、自然と拳を作った手に力を込めた。


 コン……


 木槌が静かに鳴る。


「これより、審理を開始する」


 もう後戻りは、出来ない。



 まず被告人席にてセレーネが口を開いた。


「全て事実無根です」


 その声は法廷にはっきりと響き渡った。


「わたくしは確かに離縁届を提出しましたが、それが詐欺行為にあたるなどありえません」


 冷静な表情と真っすぐな視線。

 それが作られたものなのかどうかは、判断が出来なかった。


「さらに不貞及び財産の横領につきましても、身に覚えのないことでございます」


 裁判長は表情を変えることなく尋ねる。


「被告は、自らの行動は何の非もないと主張するということで間違いないか」

「はい」


 セレーネは即座に答え、頷いた。

 それが認められるかどうかは、これから提出される証言や証拠によって判断される、が。

 少なくとも彼女は、自身の無罪を信じているようだ。


 それなら、それを崩してやるまで。

 ガレスが目線を走らせると、弁護士は頷き、静かに立ち上がった。


「裁判長、被告の主張には見過ごせない問題があります」


 法廷の視線が、弁護士へと集まった。

 セレーネの表情が一瞬だけ強張ったのも分かる。


「被告は『離縁届を提出したことは詐欺行為にはあたらない』と主張しましたが、原告が問題としているのは『離縁届の提出』そのものではありません」


 弁護士は書類を手に取り、言葉を続けた。


「問題となるのは、原告の署名が『どのような経緯でされたか』です」


 弁護士の視線が、真っすぐにセレーネを射抜く。


「原告は、離縁届が他の書類に紛れ込まされた状態で提示され、別の書類であると思い込まされた上で署名したと主張しています」


 セレーネの表情が隠せない程に強張った。

 法廷にも小さなどよめきが走る。


「さらに本件では、既に重要な目撃証言が提出されております」


 弁護士は、一枚の書類を掲げてみせた。


「ハワード伯爵家に仕えるメイドが宣誓の上で証言しております。被告が執務室から書類を持ち出したところを、自らの目で見たと」


 ざわっ、と法廷が一瞬だけ騒めいた。


「なお、被告は原告の執務室に立ち入ったことがない、との証言は、他の使用人及び原告自身からも得ております。……つまり、本件の争点は極めて明確です」


 弁護士は再びセレーネを見据える。


「原告に書類を誤認させた上で署名を得たのであれば、それは単なる事務手続きの範疇を超えております」


 コン、と木槌が鳴った。

 裁判長が口を開く。


「では、被告に問おう。離縁届を他の書類に紛れ込ませた、それは事実か?」


 セレーネはしばらく視線を落としていたが、決意したように答えた。


「……はい、認めます」


 傍聴席がどよめく。

 弁護士もまた目を狭めた。ガレスは沈黙を保ち、静かにその様子を見つめている。


「ですが、これにはやむを得ない事情がありました」

「……続けなさい」


 裁判長が許可を出すと、セレーネは頷いて言葉を続けた。


「わたくしは婚姻初日から『白い結婚』を強いられておりました」


 震える声でさらに言葉が紡ぎだされる。


「妻の責務をはたそうと、わたくしなりに努力してまいりました。ですが、そのどれもが顧みられることなく……!」


 その瞳から、堪え切れないとばかりに一筋の涙が伝い落ちた。


「わたくしは、一生名ばかりの妻として扱われることに耐えきれなかったのです。ただ、この生活から逃れたい一心で、あのような浅はかな行動を取ってしまったこと、深く反省しております」


 どうかご慈悲を、と言いたげに裁判長を見上げるセレーネ。

 裁判長は何の感情も読めない瞳で、ただそれを見返した。


「発言をよろしいでしょうか」


 ガレスが手をあげてそう尋ねると、裁判長は「許可する」と頷いた。

 それを受け、立ち上がって口を開く。


「ブラックウッド嬢の言う通り、結果的に『白い結婚』を強いることになったことは否定しません」


 ぴく、とセレーネの口元が歪んだのが分かった。

 それに構わず、ガレスは続ける。


「ですが、その理由については既に説明済みです。……お忘れですか?」


 ワザとらしく問いかけてやれば、セレーネの顔が怒りに歪んだ。


「なっ……! わたくしは、なにも聞いておりませんわ!!」

「静粛に!!」


 カンッ カンッ!!


 木槌の鋭い音に、セレーネは口を噤んだ。裁判長が「続きを」と促したのにガレスは頷き、改めて口を開く。


「当時、私の領地では長雨が続き、それによって河川の増水が起こりました。堤防は決壊寸前の状態となり、至急の治水工事が必要となりました」

「これは当時の天候の記録、さらに役所に提出した被害状況を記した書類と工事計画書の写し、さらに原告が被告へ事情を説明した際の書簡です」


 弁護士が説明と共に書類番号を読み上げれば、それらに目を通した裁判長らの顔が僅かに険しくなった。

 それを見て、ガレスは少し目を伏せ、言葉を紡ぎ出す。


「私はブラックウッド嬢に至急治水工事が必要なこと、完了するまで夫婦としての充分な時間が取れないことを、まず口頭で、そして文書でも説明しております。さらにブラックウッド嬢は我が領地にその数ヵ月前から滞在していたため、天候含め状況をよく知っていた筈です」


 紙を捲る音、法廷のざわめきの声が響いた。


「それでも尚ブラックウッド嬢が不満を抱いたのは、私の不徳の致すところです。しかし」


 ガレスは一旦言葉を切る。


「それは離縁届を他の書類に混在させても仕方ない、という理由にはなりません」

「補足ですが、『読まなかったのが悪い』などという理由は、社会的マナーや自己責任の範疇であり、法的には通用しません。つまり」


 弁護士がそう言って、鋭くセレーネを見据えた。


「書類を意図的に紛れ込ませる行為は、詐欺及び私文書偽造の罪に問われることとなります」


 瞬間。


「……っ」


 セレーネの顔から見る見る内に血の気が引いた。

 その震える肩を大丈夫だと押さえるエリアスだが、彼の顔色も悪い。


「そして、ブラックウッド嬢の『妻としての責務』というのは、恐らく『領地経営に関する案』を出した際のことでしょう」


 しかし、とガレスは一瞬だけ目を伏せた。


「当時の状況を鑑みて、非常に優先順位の低いものばかりでした」

「何を仰っているの!? わたくしはただ領地の繁栄を思って!」

「静粛に!!」


 カンッ!


 木槌の音に、セレーネは渋々といった風に口を噤み、ガレスは改めて口を開く。


「観光のための広場の改築、劇場の建設、他家との交流のための夜会の開催」


 傍聴席の何人かが顔を見合わせたのが分かった。不穏な騒めきも起こる。


「常時であれば検討すべき案だったでしょう。しかし先程も申し上げましたが、最優先は堤防の決壊を防ぎ、水路を整えるための治水工事です。その提案を却下する際に素っ気ない言い方になってしまったのは否めませんが」


「いや、あれは却下するべきだろう」

「現実が見えていないにも程がある」

「領民のことなど何一つ考えていないではないか」

「あのような方が夫人だったなど……苦労なさったのね」


 ひそひそと交わされる会話に、セレーネの身体がわなわなと震わせた。その表情からして、怒りと屈辱によるものだろう。


「さらにもう一つ。ブラックウッド嬢は『帳簿付け』も行っておりました」

「それの何が悪いというの!? わたくしは貴方の力になろうとしただけよ!」

「我が家には先代から仕えている書記官がおります。帳簿の類は全て彼に任せておりましたが、それを奪い取り、勝手に帳簿を付けていた、と彼自身から報告されました。……彼女を放置している自覚はありましたので、それで気が済むのならと、書記官には『そのままにしておくように』と指示をしました。そして同時に『君の仕事もこれまでと同じように続けてくれ』との指示も出しました」


 なので、とガレスは言葉を続けた。


「現在、我が家には2人が付けた帳簿が別々に存在します」

「文書番号43-13(1)、43-13(2)、及び43-14をご覧ください」


 弁護士が後を引き継いだ。

 書類を捲る音が響く。


「(1)が被告が最終日に付けた帳簿の写し、(2)が書記官が付けたものになります。43-14はハワード家の保有現金額をまとめたものです」


 目を通した裁判長を始めとした面々の表情が厳しくなる。


「これは……帳簿と一致しているな」


 セレーネの表情が勝ち誇ったようなものになった。


「そうでしょうとも。数字は嘘を吐きませんもの」

「それは違います」


 弁護士は淡々とその言葉を否定した。


「人は数字でいくらでも嘘を吐きます」

「わたくしが付けた帳簿が誤りだというの!?」

「その通りです。次に(2)の書類をご覧ください」


 かさ、と書類が動く音が妙に鼓膜へ響いた。


「毎月のように金額はまちまちですが『使途不明金』の項目があります。しかし被告の帳簿にはその項目が全くない。なのに帳簿の金額は一致している。この理由を説明願えますか?」

「……っ」


 セレーネは悔しそうに唇を噛みしめた。答えられない、ということを証明している、ということに気付いているのだろうか。


「さらに財産目録と照らし合わせたところ、美術品及び宝石類が何点か無くなっておりました。これは王宮財務官立ち合いの下での確認により、間違いはありません」

「よろしい」


 裁判官は大きく頷いた。

 ここは一気に畳みかけるべきだ、とガレスは弁護士に目線を送り、頷いた。それを受けて弁護士は口を開く。


「さらに、被告の不貞に関してですが、これは多数の目撃証言があります」


 ぺらり、と紙を捲る音が響いた。


「まず、王国暦543年萌芽月14日、アルヴェイン侯爵家主催の夜会にて、同家侍女の証言です」


『私は当日、庭園側での給仕を任せられておりました。当時のハワード伯爵夫人はお一人で参加されておりました。領地が災害に見舞われて大変な時ではと不思議に思ったので、よく覚えております。そこへブランシェ伯爵が声をかけ、しばらく話されてから南庭園のガゼボへと向かっていき、そのまま30分以上戻られませんでした』


 明らかに何かあった、と思わせるには充分な時間だ。

 また会場がざわめく。

 それに何ら構うことなく、弁護士は次の書類を捲った。


「次に王国暦543年花冠月2日、ヘルムガルト伯爵家主催の夜会にて、同家給仕の証言です」


『婚姻中の身だというのに、お一人での参加だったので、訝しく思っておりました。それは参加された方々も同じような反応を示されていたのを覚えております。そして、北回廊へ燭台に火を灯すために向かうと、人気のない窓辺で当時のハワード伯爵夫人とブランシェ伯爵が手を取り合って顔を寄せ合い、囁き合っているところを見ました』

 

「さらに王国暦543年新緑月14日ハイネマン公爵家主催の夜会にて、同家執事の証言です」


『お飲み物を運ぶために談話室へ向かったところ、ブラックウッド嬢とブランシェ伯爵が二人きりでいらっしゃったところを見ております。ノックをし、扉を開けたところ、お2人は明らかに驚いた様子でした』


「これらは多数の証言の内のごく一部です。お手元の書類に、聞き出した証言が日付順に並べられております。これら全てが別々の場所、夜会、人物による証言です。さらに日付は、ハワード伯爵と婚姻を結んでいた期間と一致します」

「夜会へのご招待はお断りしていた筈なのに不思議に思っておりましたが、どうやら握りつぶされていたようですね」


 ガレスが、ちらり、とセレーネを見やると、ぎろり、と睨みつけられた。それを涼しい顔で流しながら、言葉を続ける。

「もっとも、ご招待くださったのはご厚意というよりも、立場上の配慮や付き合いであることは充分承知しております。我が領が先程証言した状況であるということは、皆さまご承知の上ですから」


 暗に他の家が分かっていたことが何故分かってないんだお前、と仄めかしてやれば、セレーネの顔が屈辱に歪んだのが分かった。

 今度は弁護士が口を開く。


「その上でブランシェ伯爵にお聞きしたい。貴方は、被告が婚姻中だと知っていた筈です。何故、このような行為に至ったのかを説明願います」


 それにエリアスは少々虚を突かれたような顔をしたが、すぐに冷静な表情に戻って口を開いた。


「お一人での参加が目につきましたのでお声をかけさせていただきました。そして彼女が『白い結婚』を強いられていると聞き、相談に乗っているうちに……」

「エリアス……」


 うっとりとエリアスを見つめるセレーネ。法廷内の厳しい視線など物ともしていないそれに、ガレスは内心で溜息を吐く他はなかった。


「許されざる想いだと分かっておりました。ですが……」


 コン!

 己に酔った風に芝居がかった仕草で尚も言葉を続けようとするエリアスを、裁判長の木槌が止めた。


「被告は『不貞行為』を認めるということで良いか?」

「……結果的にそうなってしまったことは認めます。ですが」


 コン!

 言い訳めいた言葉は、また木槌によって遮られる。


「原告。これを受けて何か意見は」

「ございます」


 ガレスは頷いて、エリアスへと視線を向けた。

 平然とこちらを見返してくる彼に、あくまでも冷静に言葉を紡ぎ出す。


「では、ブラックウッド嬢が離縁届を書類に混ぜる、という方法を指示したのも貴方、ということでよろしいでしょうか?」

「ああ、その通りだ。そうでもしないと、君は離縁に応じてくれない、とセレーネが悲しんでいたからね」


 視線を落とすセレーネの肩を抱き寄せるエリアス。その顔には、隠し切れない愉悦の笑みが浮かんでいた。

 それにガレスは、すう、と目を狭める。


「それならば納得がいきます」

「なに?」


 怪訝そうな顔をするエリアス。


「裁判長。ブランシェ伯爵に我が領の治水工事を『意図的に』妨害したという、新たな罪状の追加を求めます」


「なっ……!」


 エリアスは絶句した。

 傍聴席にも、大きな騒めきが広がる。

 それに構うことなく、ガレスは言葉を続けた。


「そもそも治水工事の遅れが生じたのは、ブランシェ伯爵家の介入によるものです」

「こちらがその旨を記した報告書になります」


 弁護士の言葉に、新たな書類が裁判長の下に配られる。それに目を通した面々の表情がさらに厳しくなるのを確認し、ガレスは言葉を紡いでいった。


「それにより私は大量の書類に追われ、確認を疎かにしていたという自覚があります。しかし、それが『離縁届に署名させるため』だけに作られた状況ならば、到底看過できるものではありません」


「確かに、署名させるためだけにそのような大がかりなことをするなど……」

「治水工事を妨害してまで? あり得ないわ」

「他家の領地などどうなっても良いということか?」


 不穏な囁きに、エリアスは唇を噛みしめた。


「確かに、領民の生命線ともいうべき治水工事を妨害した、これを見過ごす訳にはいかぬ」

「わ、私は妨害など、そのような!」

「静粛に!」


 カンッ!

 木槌の音が響く。


「被告の心情がどのようなものであろうと、治水工事を妨害したことは事実」

「……っ!」


 エリアスの顔から、見る見る内に血の気が引いた。セレーネの顔にも、最早表情というものはなく、呆然としている。

 それをガレスは、冷めた目で見据える。


「双方の主張および提出証拠の確認は終わった。これより審議に入る」


 カンッ!

 木槌の音が、重々しく法廷に響いた。

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― 新着の感想 ―
たしかリアルでも河川伯(辺境伯の類)という称号があったくらいには治水て重要。交通や輸送網でもあるし。 それの妨害て場合によっては国家反逆罪にもなりうる。 あまりに浅はかだよな。
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