第60話 巨大樹の奇跡
アイドルってすぐ泣くって思われるけど、そうじゃない。
頑張っているのを見せるからこそ、泣く姿が映えるの。演出の一つと言われることもあるけど、それも違う。頑張ったら誰でも、涙の一つくらい出てくるでしょ?
でも、最初から泣いちゃダメなの。
その涙にはまだ、歴史がないし、ストーリーもない。
それでは、誰も応援してくれないの……。
ステージ上では、しばらく淡々と演奏が続けられていたが、レイナがいつまでも歌いださないので止めてしまった。
仕方がない、助け舟を出すか……。
私が立ち上がろうとしたとき、横にいたフェリペさんがステージに向かって飛ぼうとしていた。
「男は、女の涙のためなら、なんでも出来る!」
叫びながら飛んでいく。
えっ、ちょっと?
フェリペさんはレイナの目の前に降り立ち、持っていたギターをガーン! と弾いた。
手を風車のように振り回しながら、何度も弾き続ける。
そのリズムに合わせて、ヒロさんがドラムを叩き始め、ジュゲンさん、カズくんも入ってくる。
フェリペさんは、見ているピクシーに向かって手拍子を求める。続いてレイナの方に振り返り、手を叩く。
レイナが涙をぬぐった。
再び、演奏が始まる。
今度はレイナ、ちゃんと歌に入れたみたい。
最初の曲は、テンポのいい曲にしてある。ピクシーはどんな音楽が好きなのかわからなかったが、リズムのある曲の方がいいだろうと踏んでいたのだ。
案の定、再びピクシーは手拍手をはじめた。レイナを応援するかのように。
って、ギターが曲に合わせて鳴っているのよ。
フェリペさんしかないんだけど、なにこれ、上手いんだけど……。
そもそもどうやって、あの長い爪で弾いているのかしら? たしか触っただけで弦を切ってしまっていたのに?
目を凝らしてフェリペさんの目を見る。それぞれの爪先が色とりどりに光っていた。
青、赤、緑、黄……。
指サックみたいなものかしら? 実に器用に指板を押さえている。
間奏で、なんとフェリペさんは目にもとまらぬ速さで指を動かしていた。それだけではない。尻尾で器用に押さえたながら、客席に右手を振ったり……。
ワオ!
聞いたことないはずの曲なのに、即興でギター弾いちゃうなんて。
プリンシペさんが嘆くはずだわ。どんだけ練習したのよ!
その曲が終わって、プリンシペさんが帰ろうとするが、ピクシーたちは許さない。
次も演奏しろと言ってるようだ。
素朴で、おとなしい曲。
ジュゲンさんをバックにしばらく歌っていたが、二番からはフェリペさんだけが伴奏を取る。メイシャも落ち着いたようで、精一杯歌っているわ。
踊り疲れたピクシーたちには、いいインターバルのようで、みんなステージの方を向きながら静かに聞いている。
ピクシーたちの小さな手の拍手。
三曲目はまた、ちょっと激しい曲だ。
また、手拍子が起きる。
一度は冷や汗かいたけど、なんとかなったわね。
もう、次はメイシャだし、安心して見てられるわ。
メイシャは前のステージと同じ黒い衣装。
スポットライトはないんだけど、彼女の周りだけ煌々と照らし出されているように見える。ピクシーたちは目が釘付けになっているようね。
メイシャの曲は、色々と考えたのだけど、この間のステージと同じにした。
だって、良かったんだもん!
二度目でも、新鮮に聞こえる。
ピクシーたちは、拍手も掛け声も忘れて見入ってるよう。
言葉はわからなくとも、訴えかけてくるものがある。当然だ。
メイシャ……。本当に綺麗よ。
今回も私の出番、1曲でいいかもね。
終わった瞬間のピクシーたちの拍手、そして、羽根を震わせての拍手。
風が巻き起こるような感じがした。
「次が最後の曲です! あたしがいっちゃうよ~!」
いつもレストランのステージでは、あんまり煽ったりできない。レストランの雰囲気を壊さないため、控えめなMCにしてた。アイドルっぽくも出来ないし。結構、フラストレーション溜まってたのよね。
前回は静か目な曲だったけど、今回は激しい曲。
ピクシーって、どうやらこういう曲が好きみたいね。すぐに乗ってきた。
ん、なんか16分の裏で、ファンキーなリズムが聞こえている。
ピアノじゃないし。
プリンシペさんのギターかなとも思ったが、それでもない。
ジュゲンさんの反対側、ステージの左で、ピクシーが6体、シンセサイザーの上で飛んだり跳ねたり、転がりまくってる?
1体ずつ、一つの鍵盤の上でリズムに合わせて跳ねている。
シンセサイザー? そういえば、慌てて楽器、全部持ってきちゃったのよね。
カズくんに目配せする。ベースを弾きながら、ピクシーの方を向いた。最初は驚いた表情をしたが、演奏の合間に、親指を立ててピクシーの方に向ける。ピクシーは羽根を振って応えていた。
きゃー。ジュゲンさん! 鍵盤の上で逆立ちしながら弾き始めちゃった。すごい……というより、もはや超人ね。
「ありがとうございましたっ! またぜひ、ここで……」
あたしが曲の終わりに叫ぼうとしたその時だ。
古代樹の幹が徐々に光り出し、やがて葉まで金色に輝きはじめ、次第に辺り一面すべてを包み込んでいく。
眩しくて、目が開けていられない。
次第に、身体の力が抜けていく。
柔らかなビロードの絨毯に寝かされているような穏やかな感覚。
優しい匂い。そして静寂。
身体の奥底から、ゆっくりと温かくなっていく。
天国と言うものがもしあるのなら、こんな感じなのではないかと思えた。
「ああ……」
あたしはただ、言葉にならぬ声をあげるしかなかった。
光は徐々に消えていき、やがて、残されたものは涙だけだった。とめどなくあふれ出して来るものを抑えることができない。
「少しだけ古代樹は元気を取り戻したのかも」
ギターを抱えたまま、フェリペさんが誰にともなくつぶやいた。
「キャハ!」
ピクシーがお礼を言っていると、姫が翻訳してくれた。
最後に叫びたかった言葉、またぜひここで演奏させて欲しいという言葉を伝えてもらう。姫のヒャハ語はたどたどしいようだが、今度はピクシーたちに伝わったようだ。
「キャハ!!」
翻訳してもらうまでもなく、ピクシーたちの言いたいことは顔を見ればわかった。
ちなみにこの後、プリンシペさんとピクシー6体に加入交渉をしたことは言うまでもない。
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