⑤ 特別電脳化対策チーム(computer countermeasures team)
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【特別電脳化対策チーム(computer countermeasures team)】
通称、CCT。
ペア社と政府が主導して、電脳化になってしまった人達を介助するために結成された特別対策チーム。
また電脳化を対処する成員を、電脳生体士と呼ぶ。
元々バーチャル症候群は、専門家の間で“電脳化”と呼ばれており、それにちなんでいる。つまり、バーチャル症候群は電脳化と同じものである。
電脳化とは、“電脳生命体”による何かしらの影響で、人間の脳細胞(ニューロン細胞など)に特異な変化をもたらす症状の総称である。
症状レベルは五段階に分けられる。
・電脳化レベル1‥めまいや吐き気の体調不良や意識喪失。
・電脳化レベル2‥頻繁にレベル1の症状が発症。レベル2まではバーチャル症候群として定める。
・電脳化レベル3‥突然、暴れ出したり、謎の言語を口走ったりする。狂変状態とも呼び、非常に危険な状態であり、最悪絶命してしまう。
・電脳化レベル4‥レベル3症状と共に、身体の一部が変態する。
・電脳化レベル5‥電脳生命体に意識を奪われる。意識を奪われることを浸食と呼び、その状態を電脳生体と呼ぶ。
電脳化の治療は、現時点で有効な治療例や特効薬は確立されておらず、発症してしまった者は症状の改善を見られない。
特に注意する点として、電脳化レベル4の身体の一部が変態については、現在判明している範囲での説明になるが、人間の脳細胞に特異な変化をもたらした結果、生成される静電気やイオン、電磁波などによって身体のタンパク質などの分子構造に変化が起こり、別の形態に変わる‥‥昆虫の“変態”に近い事象が起きていると考えられる為に、変態の名称が付けられている。
変態の形態は、人によって様々であり、腕の一部が爬虫類のような形態になったり、足の一部が鳥のような形態になったりする。また、身体全体でも変態する事例が報告されている。
懸念点としては、電脳化レベル4を発症した場合、大半の発症者は自己の意志を保っており、レベル3の狂変と比べて、身体の構造が変化する奇異的異常を抜きにすれば特に問題無く、日常生活に支障は無い。また、変態した発症者の身体能力が向上している。
余談ではあるが、変態についての略称名はメタモル派とフォーゼ派に分けられており、支持率的にはフォーゼ派が過半数を取っている状況である。
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照明が点灯し、室内を照らす。
ここはペア社の地方支店の建物内で、真子は会議室のような場所に連れられて、電脳化についてのビデオ映像を見せられていた。
ペア社とは、コンピューターOSを開発・販売しているソフトウェア会社で、主力製品のOS“プロメテウス”は世界シェアの九十五パーセントを誇っている。他にもインターネット関連のサービスや製品を提供しており、一昔前のマイク●ソフト社とグ●グル社が合併したような規模の世界有数の大企業だ。
真子や烈の他に関係者が数名座しており、向かい側に座っていた烈が真子に問いかける。
「‥‥と言う訳だが、何か解らないところはあるか?」
「えーと‥‥解らないところは‥‥。電脳化は、何なのかはなんとなく解ったけど、そもそも電脳生命体って何なの? さっきの電脳化についても、原因は電脳生命体がって言っていたけど、そこは詳しく説明されていない‥‥よね?」
烈たち関係者はお互い顔を見合わせると、一番偉い人が頷く。
「藤宮、ここがペア社の支店だと言うのは話したよな。それを踏まえて、ペア社から開発・販売しているプロメテウスについては、どこまで知っている?」
「どこまでって‥‥。プロメテウスって、今じゃどのパソコンやサーバー、もとより私たちが使っている電子情報端末機にも採用されているOSだよね。それが?」
「そのプロメテウスが、かつて世界シェアのほとんどを占めていたWindowsやAndroidからシェアを奪った特徴……理由は知っているか?」
「えっと、それは‥‥この間、どこかで聞いたような……」
ハッキリと思い出せずに迷っていると、烈が察して答える。
「AI機能だよ。プロメテウスのAI機能‥‥いわゆる人工知能とも呼ばれる思考ルーチンが、どのOSよりも優れていたんだ。それまでのAI機能は、基本人間たちが教えてものを覚えて判断するだけの統計学的なものにしか過ぎなかったけど、プロメテウスのAI機能は独自で考え、学習し、答えを導き出せる……ある意味、意志を持ったOS。そして、その性能から進化するOSとも呼ばれている」
「進化するOS‥‥ああ! そう、それだよね」
プロメテウスは、進化する機能で使えば使うほど自動的に性能を向上させたり、アプリケーションのバグなどをOS側で修正したりと、まさに夢のOSだと称されていた。
「だけど、行き過ぎたAI機能はバグ的なものを生み出した‥‥というより生み出されていた。それが電脳生命体なんだよ」
「AI機能から電脳生命体が誕生したの? でも、その電脳生命体が、なぜバーチャル症候群……電脳化を引き起こしてしまうの?」
「解ってる範囲で説明すると、プロメテウスのAI機能によって生み出された電脳生命体は、プロメテウスが搭載されているパソコンや電子情報端末機を通して、人間に影響を及ばす電波やサブミナル効果などの視覚刺激を与えて、それが電脳化を引き起こしていると言われる。藤宮も覚えは無いか? ディスプレイから突然強烈な光が点滅したのは目撃されている」
真子は自身の電子情報端末機を操作していた時に、突如画面から強烈な光が点滅したことを思い出し、頷いた。
「そうなんだ。……あれ? でも、それってプロメテウスが搭載されている端末を使用しなければ、電脳化を防止できるんじゃない?」
真子の何気ない提言に、周りに居た人たち……特に背広を着た中年男性たちは眉をしかめて、如何にも困った顔を浮かべていた。
やがて、その中の一人が話す。
「藤宮さんと言ったかな。ここまでプロメテウスが全世界に普及しているとね、簡単に使用禁止には出来ないんだよ。もし、プロメテウスを使用不可にしてしまうと、全てのインフラが止まり、経済や生活が大ダメージを受けてしまい、混乱を招いてしまう」
「でも、バーチャル症候群って今社会問題になっているし、実際に私みたいに被害に遭った人もいるじゃないですか? なんとかしないんですか?」
自動車だって問題があれば、すぐにリコールを出す。それが当たり前だ。なのに、大人的な事情で手をこまねいてる卑怯な印象を受けた。
「もちろん、プロメテウスの使用禁止は最終手段として計画されている。だが、まだその段階ではない。こういった対策チームを結成して、調査を進めている。電脳化については、まだ謎が多い。それに必ずしもプロメテウスOSの全てが悪い訳ではないんだ」
他の成員も話しに加わる。
「先ほど中神くんの説明で、電脳生命体はプロテウスのバグによって生み出されたといったが、訂正しよう。正しくは、一人の開発者によって生み出されたものなのだ。千代田佳那という天才によってな」
「千代田、佳那……!?」
聞いたことがある名に、真子は一瞬硬直してしまう。
「千代田佳那についても詳しく説明しておいた方が良いだろう」
誰かがそう言うと、会議室の照明が落とされて、プロジェクターから映像が投影された。